目次
3/31
博論日誌にお引越しま〜す。
3/30
予想では今日の夜に計算が終わっているはずだったが、まだ十個くらい残っていた。
けど終わっていた内容は想像通りで、使えない代物だった(主観で)。
直ちに今の計算をやめ、次のプログラムを走らせるべきかどうか悩んでいると、
タイミングよく後藤さんからメールが来る。今なら電話に出てくれる=メール打てるくらいだからそんなに忙しくないだろう、と判断し、電話する。いきなり明日締め切りの
修論に計算が間に合いませんというのもなんなので、言いつけられていたDVDがlinuxで自動認識するかどうかの話をしたら、「こんなことで電話してきたの?」と言われてしまったのでごもごもしながら本題を切り出す。返事は意外にも構造シンポに間に合えばいい的なことを言われ、修論は完了する。何度も書いているが、とうとう最後まで後藤さんを裏切る形になった。来年度はかなりの面で責任ある立場になることを要求されているが、
正直不安な面が多いが、楽しみにしている。後輩を指導することによって自分のスキルが明らかに上がるからだ。それに後藤さんはキツイけど、他では経験できないことをたくさんさせてくれる。今更だが、それによって私は構造系が結構好きになってきた。
私は物理が嫌いなくせに、構造になぜか進学し、しがみついているとある教官から言われたが、そんなこともなくなってきた今、少なくと今年度以上は確実に伸びることができると思う。プロジェクトXでも言っていたが(私は以前から言っているが)、『(好きじゃなきゃ身につかない、だから)まず好きになりなさい』をようやく成しえつつある。
普通ドクターになるやつが『好きだから⇒ドクター』なら、私は『ドクターになる⇒
何とか好きになるように努力して好きになってきた』とまったく逆の入り方だが、
まあ、こんなやつが一人くらい居ても面白いだろう(後藤さんはうんざりだろうが(笑))。
P.S YMへ。プリンタとかパソコンとか立体的に置くいいアイデア、もしくは事務用品ない?後藤研狭くて困ってる。東芝の研究室なんかいい事務用品使ってそうだけど。
3/27
書くこと無いので身内(仙台)ネタ。本間さんって言ったらラジ電(ラジオはAM 飛んでけ電波)だろっ!ちなみに楽天は2年位イライラしそう。26点って…。
3/26
福岡のとある農家がカブトムシ特区になったらしい。牛糞などの堆肥を放置しておくと
カブトムシが繁殖するのを利用するらしい。秋田に来てからはやっていないが、実は私も義兄に頼んで敷地を借り、小学生の頃からこの方法でカブトムシを繁殖させてきた。
もっとも私の場合、趣味とヴォランティアであったわけで、商用で繁殖させてきたわけではないが。ちなみにヴォランティアとは、仙台市の市民祭りとかに寄付してきた(数千匹)。
『カブトムシは子供の夢であり、売り買いをしてはならない』という理念がそうさせてきたのだが、これを覆さなくてはならないかもしれない。研究費確保が難しい状況下で、
ある程度専門的なことでないこともしなければならない時世である。It君の耐候性も
その兼ね合いだろう。我々は木を扱っているわけで、それも集成材を扱っている。
これはすなわち大量のおがくずが生じることを意味している。そのおがくずを大量に集めて放置しておけばカブトムシが繁殖することが明白なのだ。むろん、秋田大学自身で行っているわけではなく、県立大の佐々木さん経由だからちょっとややこしいが、
ある程度敷地とおがくずが確保されるならばそれほど難しい話ではない。後藤さんの
反応を見つつ、(特区申請も含め)佐々木さんに話してみようと思う。
3/25
この春は多くのものを失ったし、また失うことになるだろう。
失ったものの代表は前のパソコンの設定やデータ、そして卒業していった友人で
ある。失うであろうものの一番は今は書けないが、二番目のものは車である。
今日はそれぞれについてちょっとだけ書こうと思う。
尚、エクスプロラーだと・の後の題名と本文がくっついて表示される(改行されない)というのを昨日知ったのだが、直し方がわからないので−で区切ることにする。
- パソコン−
別に今後生きていく中で無くてはならないというものは入っていなかったが、
それなりに人生を楽しむために必要なものは色々はいっていた。
一番痛かったのがmp3とか動画関係である。これらを4月中旬に落ち着いたころ
移すつもりだったから、ぜんぜん移さない気でいたよりは、精神的ダメージが大きかった。また、今まで登録していた辞書が無くなったり、変換がスムーズに行かなかったりと、
ちょっと手間取ることが多い。昨日の日誌なんて一週間が一週刊になっていたのには笑えた。きのうという言葉だって、機能が最初に出てきたりと、頻度によって変換される
機能が元の状態になるのはいつのことやら。今後色々やるうちに困ることがいっぱい出てくるんだろうな。
- 友人−
院に残る際、仲の良かった友人の多くが秋田に残ったり、院に残ったので、それほど寂しさを感じなかったが、今回は院組一人を除いてすべて他県に行くので寂しさは大きい。
特にたまにこの日誌にも名前が出てくる北田が居なくなるのは痛い。
彼は人生を語れる数少ない友人の一人であったし、やる気の無い私がDrに残れる
ようになったのも、彼の存在が大きい。多々ある事務手続きや、学生時代のレポート
有無等の情報・代返(しちゃいけません!)など、バックアップしてもらった事は
数限りない(ちなみに後藤さん以前のパソコンの師匠は彼だった)。さらに、研究室移籍の際、もっとも親身になってくれた友人の一人であった。絶えず行動が一緒だった友人ではないが、なんと言うか空気みたいな友人だった。まあ、色々と言いたいことはあるが、
胃と口内炎に気をつけつつ(人に気を使いすぎてるんだろうな)、頑張ってくれと言いたい。ついでだが、結婚式に呼べよ〜。
- 車−
私を語るのに欠かせないものの一つに、黄色のLancer Evolution�垢�ある。
元々レース志向だった私にはこの上なく良い車だったが、この車は良くも悪くも大変目立つ車だった。私から言えば大変ナンセンスな話だが、ものすごいやっかみの対象に
なったのだ。このやっかみが、端を発し、私は人生を大きく変えられてしまった
(秋田大学がいくら三流大学であっても、中身を書くのは恥であるし、お陰で後藤さんという師につけたから、中身を書くのは控えます)。
さらに二度リコールにかかるし、しょっちゅうどっかイカレるしと、
いい思い出よりも悪い思い出のほうが多い。だが、この前車検に出すと、
寿命が近いと言われてしまう。ミッションがかなりヤバイらしいのだ。
大金を出せば後5年乗れるらしいが、学費を払った今、あまりその余裕は無い。
悪い思い出のほうが多いとはいえ、やはり思い入れは強い。親に頭を下げるという手もあるが、如何にしたら良いのだろうか。
3/24
パソコンが壊れたのは先に記したが、パソコンを買った店がつぶれていた。
そこで色々な店で、それとなく聞いて回ったのだが、期待しているような答えが来ない。
要はたかだかリカバリーディスク一つ一万以上するというのだ。
無論手元に置いておかない方が悪いと言われるだろうが、
別に各店舗、少なくとも母店舗一つ当たりに一つリカバリーディスク
を備えておいて、その店で買ったと証明されれば(今どきみんな会員証持っているから
何買ったか位データ残っているはず)、ほぼ無料でその場で貸し出してくれても良いはずだ(二千円くらいなら払ってもいい)。
大体もし年寄りなら、リカバリーディスクで直りますよと言われても分からないだろう、
というか、私の両親は何度言っても分からないと言い張って探してくれない。
何てったってCDすら知らないんだから(まあ父は75歳だけど)。そうなると年寄りの所に
無駄に出張して手数料しこたまふんだくるんだから電機屋って言うのは…。
それはおいといて、明日日立に電話して交渉して、どうにもならないようなら、
後藤さんに頭下げて1週間程ノートPを借りようと思う(貸してくれるかかなり微妙だが)。
風邪気味だから家で作業したいし、学会で使うパソコンだからわざわざデータ移さなくて済むし。
(九州行くときに実家によってR・D取ってくるまで)だめですかね、後藤さん?
- 3/24追加
実家でリカバリーディスクを探してもらうのに限界を感じ、とにかくパソコンの箱を
探すように両親に伝えると、一時間後に箱がないという返事が来た。
引越しを手伝ってくれた義兄に一応連絡取ると、そっちにもなく、中身だけとって別の箱に移したのではという返事が来る。そこで急いで家に帰り、押入れの奥を調べると、
パソコン関係という小さい箱が見つかる。果たしてディスクはそこにあった(スキャナのドライバも)。両親にわびの電話をかけた後、後藤さんに電話をかけ(お風呂の邪魔してすみません)、
CDから起動させるやり方を聞いて自分で復旧作業を行う。だがリカバリ自体の方法がネットで見てメモっておいた情報となんか違う。要は私の実力では、前のデータを残したままリカバリが今のところ不可能だし(というーかリカバリディスクなんてついてなかった、もしくはそれだけなくした?)、本当に必要なものは仙台に帰る前に
念のため個人的なものも含めてバックアップしておいたので致命傷ではない。
何よりも家で作業できる環境を早く取り戻さなければならないという観点から、
一括インストールに踏み切る(一応一時間悩んだが)。
そして復活した自分のパソコンを見てびっくり。ワードとかが無くなっていたのだ。
ワードってos入れた時点で入っているもんじゃないのだろうか?4年のHI君が
入れなおしたときには、ちゃんと入っていたようだけど。インストールから、ネットの設定、updateのやり直しとかでもうかれこれ数時間試行錯誤して疲れたから明日調べよう。
3/23
やんちゃだった高校時代、退学届けを担任にたたきつけて帰路につくと、
血相を変えて追いかけてきた奴がいた。
派閥?が違ったために一度も話したことがないが、同級生Kだった。
担任とのやりとりが怒鳴り合いに近かったこともあり、たまたま廊下を通り過ぎた
Kに聞こえたらしく、用事を済ませてすぐに追いかけてきたらしい。
「何があったか知らないけど、学校やめちゃだめだって。俺が一緒に謝って
やるから戻ろうよ」いきなり話したこともない奴にこんな事を言われ、驚いたのは
もちろんだが、自主退学だから謝る筋合いがないのに一緒に謝ると言われ、何か急におかしくなり、張り詰めていた気持ちが和らいだのを覚えている。
その後喫茶店で少し休んでから、担任に退学を翻意した事を告げると、意外にも担任
はものすごく歓迎してくれた。その事があって以来、Kとは親友となったわけだが、
そのKに娘さんが生まれた。でれでれした声を聞いているとぶん殴りたくなるが、
男親にとって娘というものは特別なものらしいと良く聞くし、後藤さんとてしかりな訳だから、多分私もそうなるんだろう。
T師や友人YKなど、30越えても結婚していない者はたくさんいるからそんなに
気にはならないが、彼らと違うところは、例え私がドクターであろうとも
学生でしかないところである。ちょっと焦りというか、居心地に悪さに似た感覚
を覚える。それはともかく、Kおめでた(と)う。
3/22
長期休暇から復活。自分のパソコンが壊れたり、計算がうまくいかなかったりと
前途多難だ。ドクター行くのに卒業式というのも何か違和感があるので、明日の卒業式は出ないつもりだ。Is君が学科の(たまたま)総代に決まったとき、
昔の東北大のように面白いことをするように提案したが、
今の学生はそういうことに興味がないようだ。
3/9
明日から東北支部で仙台だ。一身上の都合で支部後5日間の休みを貰った。
色々忙しい時期だが、理由が理由なので後藤さんもすぐにOKしてくれた。
そんな訳でしばし休養。
- 友人YNへ
はてな以外は云々て書いてあったから、自分のに書くけど、謙三先生は元気だ。
いい歳して自転車でうん十キロ走り回ってるなんて事も聞く。
確か後3〜5年はいるはず(私立だから65定年)。移転してもそのまま働くって聞いている。
大木先生は今年でリタイア。今度最後の剣道の引率で秋田に来るって言うから詳しいこと聞いとくよ。
3/8
それなりに頑張ったけど、欲しい回答を全てで得られなかった。
しかも、収束計算がてこずり(サーバーが)、一つ計算するのに実に12時間もかかってしまい、方向性が探れないでいた。はっきりしたことは、初期不整を入れると
逆に大きくなってしまうということ。入れないものが一番小さくなるという現象は、最初の
予想を根本的に覆してしまった。ただ、座屈していたものが、軸長が二倍になっても
破断するという傾向は見られた。ちょっと例えがまずいが、昔よく飲んだ二十円くらいの
塩ビに入ったジュースは、ねじればすぐに開いた。
大分意味合いは違うけど、イメージ的に初期不整の影響によるねじれの増大に起因する
破断じゃないかと考えている。もちろんこれは私の私見である。
勉強途中で使用プログラムを理解していないため、全くの勘違いの可能性は
大いにあるが、あれこれと想像した上で、後藤さんの指導を受けた方が
何倍もいい。話は変わるが、ある人に訳も分からずキレられてしまった。
側にいたHi君も『あれはありえないっす』と言っていた。
私だっていつもニコニコなんでも言うことを聞けるわけではない。
(明後日発表なんだから)無理なものは無理っていうしかない。だからといって脅迫まがいのことを言われるのは正直ついていけない。
後藤さんを始め多くの人に、『世話好き、面倒見がいい』って言われるけど、
これには『利用されまくられるから注意しろ』っていう意味合いもある。
やさしさの安売りは、結局私自身が傷つくのだ。
現場にはいなかったが後藤さんも実は関係することだから、相談しつつ、
今回は凛とした対応をしようと思う。
3/7
フォートランやcが使えるくせに何故友人はbashなんかで計算するんだろう(blogだけじゃ
イマイチ状況は分からない)。
会社の命令なのか、友人の好奇心なのか。#がroot(su)っぽいというのは、
vineのアップデート中にパーミッションの関係で分かったが、大体にして
今自分が書いていること自体正しいのか分からない。
色々ちょっとづつ学んで、ちょっと分かって色々首を突っ込むと、
さらに分からないことだらけ。別にパソコン嫌いじゃないけど(嫌いじゃなくなってきたけど)、色々勉強していくにはやっぱパソコン関係の友人は欲しい。
多分五年後とかに後藤さんの教え方は良かったと思えるのかもしれないけど、
力学系の教え方と大分違う。力学系だとすごく分かり易いのに、パソコン系だと
結構分かりづらい(といーか厳しすぎ)。レヴェルが違いすぎて何で怒られてんだか分からないことが多々あるのだ。
同じくらいのレベルの友人がいれば、一緒にやれるのにな。
天野が移籍してくれば、共に学んでいけると思ってたけど、白紙になってしまったし。
一人で学んでいくのが当たり前って言っても、雰囲気や環境は大事だと思うんだよね。
かと言ってみんなバリバリプログラミングする環境もちょっとやだけど、
友人や水研みたく、blog上で色々やり取りするって結構うらやましんだよね。
4年のIt君はそういう感じのことやってて、私もちょっと誘われてるけど、
基本的に先輩ってどこでもうざい存在だから、ちょっと遠慮気味。
それに彼は私と違ってプログラミングでHTML書いているわけじゃないし、
そもそもパソコンに対する方向性が違う。それは下の友人の書き込みを
見れば明らか。私が秋田大の工学部に甘んじていた理由はアメリカ留学への超長期仮面浪人だったわけで、
その関係で他大学院移籍が念頭になかった。Dr進学だって、師として後藤さんがいて、
某大学と同等の教育を受けられ、さらにDrは私だけだから、良く聞くDr間のわずらわしい
人間関係がないということで秋田大学に残ったが、自分のモチベーション維持、エンハンスが期待できない。ちょっとどころかかなりしり込みしているが、
学会の若手の会だかに顔を出しておくべきなのかもしれない(これ以上井の中の蛙にならないためにも)。友人に東工大の後輩紹介してもらおうかなとも思ったが、彼は
内でいう所の電電+情報の学科だったのであんま意味無いだろう。
bashについて
以下で"Hello World"とか出せます。
#!/bin/bash
echo Hello World
数値計算についてはあまりお勧めしません。私は初挑戦でしたが、コマンドライン(orシェル)で、次のように打ったら2とでません。
$ echo 1 + 1
bash に数値を計算させたいときは、次のようにするみたいです。
$ echo $((1 + 1))
上記では、よりロジカルな出力が出来ますが、これは数式を評価したということです。また、次のような表現でも同じことができます。
$ echo $[ 1 + 1 ]
分数やもっと複雑な数学的処理が必要になった場合、あるいは数式で遊びたいときなどは、数式評価のための bc というコマンドが使えます。
コマンドプロンプト上で "echo $[3/4]" と実行しても、bash は整数でしか答えを返せないので、結果は 0 となります。 (これが困った)
しかし、 "echo 3/4 | bc -l" と実行すれば、0.75 という正しい答えが返ってきます。
素人には大変ですがコツを掴めば面白いかもしれません。とりあえず、awkにする事をお勧めします。
後藤メモ(3/7)
午後の部
面外たわみmodeu.dにだけ外乱を入れると、(2mの梁が面外に20cmもたわみながらも)
(面内たわみのせいで弾性解よりでかくなった)弾塑性の座屈荷重よりも更にやや
高い荷重まで耐えて破断という変な?結果なので、更に
ねじれ角modez.dに「固定端0で自由端1」の線形のモードを、
面外たわみ角modex.dにmodeu.dと同じモードを入れてbnjobを回してみてます。
午前の部
外乱読み込み直後も面外変位(uとか)が0のままなんで、
面外変位のモードmodeu.dを見てみたら、ぜんぶ0じゃない。
それじゃあ、これを読み込んだって、面外変位が出ないのは当たり前。
座屈点付近で階が収束した時点の微少な不釣合力でモードを近似する
やり方では、面外モードがちゃんと出ないのかも知れない。
そういうことなら、座屈時の接線剛性行列を取り出して固有ベクトルを
求める本来のやり方をやればいいんだけど(プログラムもあるし)、
ちょっと時間がないんで、「固定端が0, 自由端がsin(π/4)」の
sin1/4波のモードをmodeu.dに入れておきました。で、
./g77/gairan2/bnjob を動かそうとしたら、
cd 300 の後に、../hj<入力>出力 となってるではないの!
これじゃあ、300というディレクトリーの中のhjではなくて、
./g77/gairan2/hj が動くことになってしまう。で、
modeu.d〜modep.d は300の中にある訳だから、これらの外乱は、
./g77/gairan2/hj には読み込んでもらえないっす。
うーん、../hj のとこを ./hj に書き直した gotojob を
走らせておきます
(gairan2の中のデータがどのケースなんだか知らないけど)。
プロバイダー経由でpop受信なんて、ウェブで検索すればいくらでも
出てくるでしょうに(というか、ふつうプロバイダーのFAQに書いてある)。
で、プロバイダーからpop受信せずに(大学のサーバーからだけpop受信して)
プロバイダーの送信サーバーで送信するのは許可しないとか、その手の話も
いっぱい出てくる。
3/6
後藤さんと連絡を取る時は、緊急時以外はメールでやり取りしている。後藤さんは
大学へ送られてきたメールを家でも受信できるように設定しているため、
大学に送りさえすれば後藤さんが何処にいても見てもらえる。だが私は
大学、家、携帯の3種類から状況に応じて送っているため、
後藤さんの返事を受け取れないことがある。つまり、帰り際に大学からメールを送ったとして、後藤さんが大学に返事を出すと私は見れないのだ。
何度か不便さを感じてきたが、不精な私は何もしてこなかった。だがやはり
少なくとも大学のメールを家でみれるようにはしたい。自分でやりなさいと
言われそうだが、(フォートラン壊したこともあるし、怖いから)何とか後藤さんにやり方を教えてもらえないかな。ところで友人がbashのシェルで
プログラミングしているらしい。そんなことできるのか?後藤さんならできそうだけど。
友人もあんまりうまく行ってなさげなので、これも後藤さんに聞いてみよう。
3/5
ノーベル平和賞受賞者マータイ氏が、『もったいない』という日本語を『MOTTINAI』
と表記し、世界に広めようとしているそうだhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050305-00000030-san-int。というーかもったいないって英語に無いのか?
と思って調べてみたら、調べた限りでは意訳しかなく、これといって訳は無いようだ。
さらに色々調べたら、韓国とかインドネシアにはあるとか、私と同じように
『勿体無い』を調べてブログにしているどっかの学生もいた。日付を見ると先月の
23日。私はどうも遅れているようだ。だからと言う訳ではないが、強引に
土木ネタに結びつけよう。もったいないが世界語になるか分からないが、
世界で通じる日本語で、我ら土木に関係する言葉といったら、何といっても
『ツナミ』だろう。先の大津波で各国でもツナミと報道されていたらしいから、
結構すごい。何がすごいって、英語でも津波という言葉があるのに、
それでもツナミと使われていることに、日本の研究者、技術者の
力量が分かるからだ。もちろん、津波という言葉自体、結構覚えやすい単語だし、
3文字(母音3つ)と短いからさらに覚え易いという事情もあるだろうが。
ここで提案だが、わが基礎研が、今後も伝統的に集成材を扱うなら、
もっと簡単な名前をつけて広めてはどうだろうか。glue-laminated timberが、
元々向こうに存在する名前なのか、それとも日本人が英語へ直訳したものなのか分からないし、
確かに見ただけで(集成材はしゅうせいざいと言われただけでは分からないが)何を
意味するか分かるという点では文句を付けづらいが、どうせglt(w)とか短くするくらいなら、sszにするとか。別に秋田大が勝手に名前付けたとしても、
あちこちでずっと確信犯的に使えばどうにかなるんじゃないかな。
人の名前も勝手に名乗って、3年くらい使い続けて多くの人に認知されると、
ほぼ無条件に名前を変えられるらしいし。秋田大以外じゃほとんどやってない研究なら、
この位した方がいいと思うんだけど(明らかに自分の首絞めてるな〜)。
3/4
教官も留学と言うか分からないけど、t氏が近いうちにハワイに一年ほど行かれる。
わが後藤研とt研はパソコンの合同ゼミを今年行なったが、t氏が居ないのにもかかわらず
、と言うかだからこそ?来年もすることになるらしい。後藤さんとt氏が東北大の先輩後輩という以上に仲がいいという事もあるのだろうが、
本当のところは分からない。t研ではTeXを使わないのに、4週にわたりゼミを行なった時に後藤さんに疑問を投げかけると、「天野みたいな子(TeXに興味を持つ子)が一人でも
出てくれればと思ってるんじゃないかな」と言われたことは昔書いたが、
正直納得しているわけじゃない。ここは秋田大学であって(断じて東北大じゃない!)、天野みたいにプログラムオタク?でない限り、自主的に新たな知識を得ようなんて人間は、わが大学からキャリアが出る確率ほど少ないからだ。さらに今年度は私が講師を務めたが、t氏は一度も顔を出さず(忙しかったのだろうけど)、後藤さんも一度(二度かも)しか顔をださなかった。c+の時は二人とも必ず顔を出していたのに!
「任されているんだからいいじゃん」という人(T師だった気がするけど)もいたけど、
t氏はよく分からないが、後藤さんが私をそこまで信用しているとは考えづらい。
『TeXはどうでも良い』と考えているのでは、という意見が学生の中では支配的だし、
私も同意見だ(私の意見が影響を与えたかもしれないことは否定できないが)。
はっきり言って後輩の態度とは思えない奴もいたし(天野もその学生に違和感を感じていたらしい)、教官が居た時と同様に
ゼミを進行できたことが不思議なくらいである。これについて少し言いたいが、
別の研究室に行って、無償で講義を行なっている者の気持ちに少しなってみろ!
別にこっちだってやりたくてやってた訳でもねーし、
身内だったらぶん殴ってるところだ!
とこいつに言いたい。だがこの学生の態度は、やっかみに近い態度を感じる。
後藤さんの真意は分からないが、結構私は修士としてはありえないような
経験をつませてもらったり、権限を与えられていたりする。
これは傍から見れば異様に見えるだろう。はっきり言ってやきもちややっかみの
対象になりやすいのだ。明洋やHi君たち4年生といった身内ならば、
それに付随する苦労を知ってくれているから、逆に同情されたりするけど。
だがいくら後藤研と合同とは言え、t研のゼミの3分の一以上近くで講師を
務めれば、さらにt氏とよく雑談しているのを見れば、
自分の領域を侵されている気持ちになるんだろうけど。
話は元に戻すことにして、来年は私に代わって
Ha君が講義することになるだろう。私はドクターだから後藤研から席を外れるが、師である後藤さんから要請されれば、喜んでやるつもりである。だが、どの道
Ha君も私もt氏の本心が分からず、困惑しているのは事実である。
よって今日の謝恩式で聞こうと思ったのだが、氏は欠席していた。
もはや直接聞くことはできないだろう(7日には行ってるらしいから)。
後藤さんを間に挟まず、直接メールすることはそれほど失礼なことなのだろうか?
t氏なら大丈夫な気がするけど、とりあえず月曜日にでも後藤さんにメールする許可を頂こう。
3/3
後藤さんのプログラムを真似て適当にプログラムを作って色々やっていたら、
どうしてもバグが出る。忙しい後藤さんに無理言って頼んで見てもらったら
失笑を買ってしまった。後藤さんは実数整数系を宣言でアルファベットで
入れているのだが、私はreal 〜WA,SAみたいに絶対指定?していたために、
後藤さんの中身をパクると失敗するのであった。やっぱ、一からやんないとダメだ。
変なところであせって失敗するといういい例だね。
後藤メモ
3/3
harisen.fのモード出力にバグがあったので、直したやつをEUCコードにして
アップしておきました。
で、初期不整の入れ方ですが、まず、katasen(またはその変種)で
「モード計算のための出力が要りますか」のmodeo=1としておいて、
harisen<katasen.dで弾性の座屈点を求めます。
すると、modeu.d〜modep.dの7自由度に対応した座屈モードが出力されます。
で、次に、kataso(またはその変種)で、(最初にkatasenで設定したのと
同じ要素数、同じ軸長で)「外乱を入れる場合はその倍率を入れて下さい」
のとこで、gmode=1.d-6とかと入れる。で、harisoj<kataso.dを実行して、
除荷で終了したか、座屈で終了したか、破断で終了したかをチェック。
3/2
追加のというべきか、博論への第一歩というべきか、新たに計算を始めたわけだが、
今日も新たなプログラムを渡された。私にプログラミングさせるのはやばいと思ったのか
、ただ教えるのが面倒だったのか定かではないが、かなり申し訳なく思う。
後藤さんに散々甘えてきたことの一つに、自分の使うプログラムを後藤さんに作らせて
平然としてきたことがある。ちょっと前までは余りというか、嫌味を言われたときに
多少申し訳なく感じてはいたが、変な言い方をすると、使用するプログラムくらい
作ってくれるのが当たり前的な考えを持っていたのは否定できない。
もちろん私が甘ちゃんだというのは否定しないが、いや、甘ちゃんだからこそかもしれないが、t氏を含め多くの学生も後藤さんとT師の指導が
私だけに厳しいと言っていることを大義名分とし、自分自身で自分の行動原理を歪ませていたのに
気付いていなかったのだ。二・三日前に電話してきた東工大出身の友人に、
賞を取っても褒められるどころか怒られたといったら、「そんなの当たり前じゃん!」
とたしなめられてしまった。この何年かで秋田大的ど腐れ概念に染まってしまっていた自分を、指摘されてしまったのだ。井の中の蛙になっていたと言っていもいい。
すぐに7年前に戻せるか分からないが、努力はするつもりである。まず、甘えの一つの
プログラミングを今月中にマスターしようと思う。一応それなりに下地ができているから
、後藤さんがよく言うように実践して慣れて行くのが一番だろう。
てなことで、まず後藤さんに作ってもらったプログラムを走らせてから、二日前に
渋々プリントアウトさせてもらったプリントを見ながら、色々改造して
試してみた。改造そのものはうまくいってたのだが、適当に似た名前をつけたばかりに
別のファイルをコンパイルしているのに気付かず、後藤さんに何度か質問した。
前のデータファイルを違うプログラムで走らせるだけなのに何してんだってな顔で
後藤さんが様子を見に来て、一言二言言われたが、事情を説明すると驚いたような顔をしていた。私が真面目(自主的)にやっているのを見て
驚いたのだろう(苦笑)。まっ、コンパイルミスという初期ミスをしていたわけだから
そちらの方で呆れてたのかもしれないけど。
3/1
なぜか県立大の佐々木先生(以後佐々木さん)にご氏名を喰らってしまい、
橋の調査に同行する。私は大の寒がり+高所恐怖症なので全くもって役に立たないのに…。猫の手も借りたいと言うところか?
2/28
- ぜんきしけん〜?
先週の木曜、後藤さんがヤマダ電機に行くのについていこうと思ったら、寝坊してしまい、何となく気まずかったので夜に大学に行くことにした。
何だかんだしてるうちに夜になり、そろそろ行こうかというところで、Hi君からメールが
入り、大学が閉鎖されていることを知る。何でかなって思ったら前期試験だった。
数年前まではセンターとか前後期の時期は結構敏感に反応していたのだが、
いつの間にか鈍感になっていた。昔T師にアメリカへの医学部編入(アメリカはどっかの
大学を出てないと医学部にいけない)をよく相談していたが、もう過去の話になったと
いうことか。自分の中で一つの時代が終わったことを感じた。
- 名作なのにな〜
知恵がついてくると、何かいやな気分に襲われることがある。例えば雷。
雷が金属めがけて落ちてくるというのは迷信だというのはそこそこ知られてきているが、
ちょっと古い原作が元となっている作品なんかでは、結構雷が金属に落ちるということを
前提にいい場面で使われていたりする。アニメで恐縮だが、コブラ(コアな人気のある
ハードボイルド作品、左手のサイコガンが有名)やヴァンパイアハンターD(ゲームじゃなく、ちゃんとした小説が原作。FFの天野さんがデザイン)もしかり。コブラは結構
感動する回でコブラが金属類をはずすシーンがあり、この星の雷は金属に落ちる特殊な
雷なんだと強引に納得させて見た。Dの場合、ヒロインが悪役に捕まり、殺される寸前で
相手に刺さっていた短剣に雷が落ち助かるのだが、俺は目が悪いから短剣に落ちたように見えたんだということにした。
アニメやドラマを見る時は、現実じゃありえない設定でも、というかあまりにも現実
離れしていた方が以外に見ていて楽だし面白いが、ふと現実的なことで
単なる無知に起因する内容だと、どうもしらけてしまう。そんな事言うときりがないが、
未来の話なのにすべての電話にコードが繋がっているのも結構しらけるな〜。
ついでに、ある芸人がかたつむりの歌に、目玉も角もやりも全て一緒ってなことを
言って爆笑を誘っていたが、あまり知られてないがカタツムリには目玉も角(感覚器)もやり(生殖器のようなもん)も別個にちゃんと存在する訳で、爆笑シーンなのに
妙にしらけた気分になった。ただあまりにもリアリティーを追求してしまうと、かえって
つまらなかったりするもんだけど。
- 黒い肺
誰から聞いたか忘れてしまったけど(でも医者から)、「健康体の人はタバコを吸っても肺は黒くならない、写真とかあるけど、タバコを吸う人を脅すため」と聞いた。
それを後藤研で言ったら白い目で見られた。でっ、調べたら(知り合いに聞いたら)、私の勘違いだった。
簡単に誤解した理由を説明すると、
先の言は確かに言われていたが、言われたのはまだ吸いかけの頃で、「俺の肺は真っ黒なんですかね?」との
問いに、まだ吸い始めだし、簡単に黒くならないとの説明+本当に脅しで使っている
、との事を私が都合よく解釈したっぽい。「長い間吸えば黒くなるよ」とのこと。
謝罪して訂正します。
2/22
- 光と影
修論の優秀発表者に選ばれた。正直嬉しいという気持ちよりも、ほっとした気持ちが
多くを占めた。後藤研からは卒論の部でIt君も同時受賞していたわけだが、
仮に私が取れてなかった場合、でかい事言って指導していたくせになんだよ、と言われてたかもしれないから(笑)。それは冗談としても、ドクターに行く者が無冠
のままでは恥ずかしいとも思っていたし、何より、やる時はやってくれる男だと信じてくれている後藤さんに対し手始めに証明したいという思いがあった。
その点では、良かったと思うが、現実は甘くない。身内の教官から来る言葉は
批判ばかりだったし、後藤さんに限ってはさらに厳しくなった。
さらに言うなら、私にではなく、O君に取らせたかった的発言すらされて正直
傷ついた。多分、身内の評価が異様に低いのは私自身のタレカが主原因だとしても、教官うけの良い彼の存在が大きいだろう。ある事を二日でやれと言われたとき、
二日間頑張って完成させる者、頑張っても完成させられない者、まるっきりやらない者、
一日以上遊んでいて、それでも完成させる者が考えられる。O君は間違いなく一番最初の者であり、私は最後のものである。総じて世の中O君の方が
うけがいい。確かに私のような人種は気分野が多く、扱い辛いのは間違いないが…。
ただ後藤さんは、一日目遊んでないでやったら二倍できるのに何でやんないの?
という思いが彼と私を必要以上に比較する(少なくとも私はそう感じている)に
至らしめているのだろうけど。それは良いとして、身内から評判が悪いのに
賞を貰うということが嫌だった(他にもいっぱい理由があるが、今書くのは不適切なので博論日誌になったら書こうと思う)事もあり、賞辞退を申し入れ
たところ、初めて後藤さんを本気で怒らせてしまった。明らかに語気が違うのだ。
事前に相談していたT師もそれを感じたのか(私が言う前にT師が言ってしまった)、すぐさま間に入ってくれたのだが、
しばらく語気は強いままだった。身内に決して評価されず、後藤さんを本気で怒らせてしまったこの賞受賞は、いったい私に何をもたらしたのだろう。鬱屈した思いと、やるせなさだけが残った。
- 好敵手去る
S教授が定年退官された。4年前、教授の講義のレポートに、彼の行なってきた交通施策を真っ向から批判し怒りを買った。その怒りはすさまじく、教授は次の講義を途中休校にした上で万座の前で私を呼び出し、一時間論争したことがあったが、それ以来、お互いに露骨に批判しあってきた。
そんな教授を久々に見かけたのは数ヶ月前。あれほど威圧感を持ち合わせた人が、
やせ細りただの老人に見えた。大病を患っていたらしい。
そのことを時折気にかけていたのだが、昨日の送別会で再び合間見えると、
非常に悲しい気持ちと、さみしさに似た感情に包まれた。この人は本当にS教授なのか?月日が負の感情を和らげたということもあるが、先に書いた感情が、不思議と無意識に
私の頭を深々と下げさせていた。「長い間ご苦労様でした。先生とは色々あったし、ご迷惑おかけしましたが、いい思い出です」これは私の偽りのない言葉だったし、
終戦を呼びかけるものでもあった。「そうだな」と教授は初めて見るたぶん本当の
笑みを返してきてくれた。その際H助教授が賞受賞や、ドクター進学といった話を
教授に伝え(H助教授も我々の関係を知ってるから気を使ってくれたのだろう)、その都度朗らかな笑みで返してくれた。会の最後、彼は大きな拍手に包まれて
去っていったのだが、学生では私にだけ、「がんばれ」と肩を叩いて去って行った。
男同士は殴り合って初めてお互いを知るという。教授との論争はお互いノーガードの
殴り合いのようなものだった。センチな気持ちがあったのは否定しないが、
最後の最後にお互い心が通じた気がした。
2/18
- 飲み会ならぬ反省会
今日は研究室の飲み会である。いつものようにU教授、H助教授に酒をついで回る。
いつもは二言三言言葉を交わすだけで席に戻れたのに、修論発表の後ということもあり、
その場に掴まってしまう。お説教やら、質問やら色々受け、正直滅入ってしまった。
他に注ぎに行った人は何も言われてなかったから、ドクターに行く者の宿命だろうと
考えていた。
だがその後二次会で、「日本で後藤さんも含め十人しか分からないことを、お前じゃ理解できないから、簡単なことをしろ」と言われてしまい
滅入ってしまう。今まで精神的なもろさ、波の激しさを指摘されることはあっても、
もっと言えば、(今現時点での)実力が無いといわれたことがあっても、能力が無いと言われたことは無かったからだ。その話は後藤さんへの非難?へと飛び火したが、
(一瞬頭が真っ白になって聞こえなかったが、話の流れからすると)後藤さんは、
能力無しということをU教授に否定したくれたようだ。ついこの前、別件で自信をなくした
私に、「千田は単にタレカで勉強不足による実力不足だと思っているから、
このままこのテーマでいく」と有難い言葉を頂いた。今はこの言葉を胸に抱いて、
やる気を失わないように耐えるしかない。
- 実はうけていました
修論のスライドに名前を書き忘れ、アドリヴで「名前を書き忘れ…」と始めたと先日に書いたが、確かにその時は笑い声は起きなかった。一次会でその話になったとき、It君が
パシャパシャと擬音を言った時に起こった笑いと比較して、「千田のが受けなくて、
Itの方が受けてたよな」と後藤さんがちくり。「事前に大爆笑が起こった後だから
同じネタで受けなかっただけで、M2はくすくす笑ってたましたよ」と言っても
聞き入れてもらえなかった。それを都市の友人北田に言うと、「いや、うちの研究
室では大うけだったよ。声に出さなかっただけで。後藤さん前にいたから気付かなかったんじゃない」とのこと。それなりにうけをとっていたらしい。だが、「いやそれよりさ、
黒尽くめのオールバックの強面の人が、修論のスライドに『じゃあ調べよう!』とか普通
書かないようなことが書いてあったり、しゃべり方が他の人と違っていて(話し言葉のことだろう)、そっちの
方がイメージと違うって受けてたよ」と言われ、けなされているのか、それとも
違った意味で好感触なのか分からない評価を頂く。「すごく分かりやすかったという子もいたよ」と最後に言われたくらいだから、それなりにいい印象を与えたみたいだ。
2/16 修論(卒論)発表
- またやらかしちゃいました
私には、私の名前を知らなくとも、語り継がれる変な伝説めいたものが多々ある。
その中の一つに、修士の入学試験で名前を書き忘れ、面接で肩まであった長髪をスポーツ刈り
位短くすることを条件に許してもらったということがある。ちなみにT師の作った問題
にも書き忘れたのだが、T師は決して他の者に語ることは無かった(その節はありがとう
ございました(笑))。さ〜て今回の千田さんは、修論発表のスライドに名前を書き忘れました(さざ○さん調)!私は休憩後の一発目で、
休憩時間中に後藤さんが進行を早くするために前もって私のを写していたのだが、
それを見て友人のNさんが名前が無いのに気付き、その場で大爆笑が起きる。
T師がそれを聞きつけ、「またやったんか!(笑)」という言に、再び笑いが起きる。
修論発表という場である種ありえない和気あいあいとした空気が全体に流れる。
何か分からないけど、すごく皆が緊張する場面とかで、私がいると雰囲気を変える
らしい(と言われたことがある)。私のボスU教授がたまたま私のセッション
司会だったのだが、発表時、題名だけは書いてあるとばかりに「題名は集成材…と上に
書いてありますね」とフォローして下さったことには少し申し訳なく思った。
だがどうせなので「名前を書き忘れましたが、環境構造の千田です」とネタで発表を始めた。発表後、色んな所で表紙がないやつがいた、と話題になって
いたらしいのだが、それを指摘してくる者には、「表紙が無いのは後藤研のポリシー。
俺が忘れたのは名前だけ、明洋だって表紙は無かっただろ」と言ったにもかかわらず、
表紙を忘れた奴がいるとして、学生の中に残ってしまった。この件に関して後藤さんから
なんら叱責は受けなかった。というーか二人して見落としていたんだけど。
- 時間測定ミス
某大学で入試時間の測定ミスがあったのは記憶に新しいが、今回の発表でもあった。
パソコンで時間を計っていたのだが、使い方の分からない教官が時計係をやって
いたのだ。そのため発表者が発表する前からカウントが始まり、ひどい学生で
30秒経過した時点から始めていた。私と後藤さんが高評価を与えた学生が
時間切れで発表を中断した時にHi君の指摘で分かったのだが、内容が良かっただけに
実に残念である。私が指摘するのもなんなので、他の教官やその子の研究室の
ドクターに聞こえるように大きな声で話したのだが、フォローを入れる者はいなかった。
他の研究室の者が物申すのがタブーであるという純然たるプロトコルが存在する
のは事実だが、これに支配され、指摘を怠った自分に腹が立つ。
内の子やT師の学生なら指摘していただろうから。
- 肝心のできは?
色んな教官の方から、間違いなくお世辞だろうけど、「良かったよ」と言っていただいたが、後藤さんからは触れてもらえなかった。「データ取り増やそう」
とだけ一言。たとえ他の教官の評価が悪くとも、U教授と後藤さんの評価が高ければ
それで良かったんだけど…。ちなみに、K教授に見ていただけなかったのは
非常にがっかりである(助かったことには違いないが)。
2/13
Hi君にいつも世話になってるからといって黄色のLANEVO��(私の車は�垢世韻�(笑))
のフィギュアをもらった。
デートの途中で見つけたらしい。それをわざわざきれいな紙で彼の彼女が包装してくれたとのこと。
なんつーか、ささやかな喜びというんだろうか、報われた気がした。
2/12
発表も近いし、色々あって久々に書いている次第である。先日の発表練習のこと。
私は作業が間に合わず、その場で即席で(2時間くらい)プレゼンシートをpptで作り、
発表したのだが、後藤さんから「プレゼンではったりをかませるのは能力」という評価を頂いた。この評価はおかしなことに私以外には『褒め言葉』に聞こえたらしい。私の記憶が確かならば、後藤さんの口から『はったり』という言葉
が出たのは初めてである。少なくともngraphのページを一日で作ると豪語した時でさえ、
軽くたしなめられた程度だった。
それ故に私には『全然理解していない』との叱責に聞こえたのである。このことを
Hi君に言うと、そんなことないんじゃないですか、と不思議そうな顔をしていたが、
昨日今日と私が訂正に苦しんでいるのを目の当たりにして、私の言ったことを理解して
くれただろう(苦笑)。ところでHi君に質問を受け言ったことだが、私がプレゼンに関して後藤さん
と近い(4年には同じに見えるんだろうけど)スタンスをとっているのは、指示されたからではない。元々近い考えだったのだ。もちろん多くの影響を受けたが、
私を知っている人なら分かるように、正しいことでも自分が納得しなければ決して
行なわない、というスタンスを貫いてきたし、今も変わらない(いいかどうか別にして)。
つまり何が言いたいかというと(4年生にたいして)、なぜ話し言葉が大事かをもう一度考えてくれということ。それを納得できなければ
如何に頭で実践しようとしても無理なんだ。後藤さんがいつもなんていってるか思い出しつつ、何故後藤さんが苦笑いしながら冒頭の「はったり」発言を
したか考えれば理解できると思う。ちなみに過去賞を取った発表者の多くは、
話し言葉だった。話し言葉が失礼に当たるなんてことはない。ただ、ため口は
卒論発表にはむかないだろうけど。
2/2
ここ何日か非常に悩み、その性で体調すら崩したが、来年のアメリカでの発表を
辞退することにした。明日申告するつもりである。色んなわだかまりや不信感に近いものと格闘してきたが、
それとは別の次元で、後藤さんに如何に甘やかされていたか痛切に思い知らされ
たからだ。最近T師から、「K教授(厳しいことで有名)がお前ほど甘やかした学生はいない」
と(珍しく(笑))真顔で言われた。K教授があらぬ誤解を受けないために言っておくが、私の同期の者が
これを聞いたらほぼ全員否定するだろうし、はた目には決してそうは見えなかった、かえってかなり絞られていると見る者の方が多かった。つまり、よく言うひいきなどされてなかったし、するようなチープな方ではない。それ故にT師の先の言葉が
重く心に響いた。何故今になってT師がこのような発言をしたか?多分K教授の下を去った当時と今の状況が似ているのだろう。学業と政治を一緒にして、駆け引きを繰り返した
二年前のすさんだ気持ちに近くなっているのに気付いた。
T師は時折私に的確な助言を下さるが、今回のことが正直こういったことを
指して(見越して)助言してくださったか分からない。
それに今のすさんだ気持ちを、そうそう平常なものに戻すことなんかほぼ不可能である。
だが、このまま行けば、再び師を失う事となるだろう。後藤さんが何故私の虚像を作り出し、さらに今もって作ろうとしてくださっているのか。少なくともこのままでは来年の海外発表も私の虚像となるだろう。
1/30
秋田には空港があるせいか、何でそんなところから、という地方から来ている学生が
結構いる。私が日頃付き合っている友人にも、岡山、三重、愛知出身者がいる。
この中の一人が、雪が嫌だから、というナンセンスな理由で大学を去ることになった。
だがナンセンスとしか言いようの無いこの理由も、秋田大学内に根強く残る
忘れられがちな非常にシビアな問題の一つなのである。というか、ナンセンスだと
片付けてしまう我々、大学側にも大いに問題があるのだ。秋田が日本一自殺者が多い理由と、気候の相関関係はよく分からない。だが、医学系の
一般教養で、相関関係があるというような発言を行なった方(医者)がいた記憶がある。
鬱かどうかともかく、毎日憂鬱な気分にさせられるのは確かであり、雪の降らない地域の
者が、我々東北人(私は仙台人)よりもナーヴァスになるのは想像に難くない。
だが、とりわけ秋田大学は秋田県民の比率が高いために、その事に気付かない、
もっと言えば『根性なし』で済ましている傾向がある。この友人も含め、雪が原因で
大学にこれなくなった学生を私は3人知っているが、(予備軍も含め)もっといるだろう。
淘汰が世の常とは言え、大学側がもう少しこれらの学生のケアに留意してはどうだろう。
私なりにその友人へ何度も説得を試みたが、彼は試験を放棄し、すでに3回休学している
彼は、この留年によって物理的にも退学しか道はなくなってしまった。
自分の力不足をうらみつつも、20才のとき、どん底にいた私を励まし続けてくれた、
友人YとTに感謝していた。
1/27
体調を崩し、各方面(4年含む、Hi君ごめん)にご迷惑をおかけしてます。すみません。大分良くなってきたので
明日には復帰したいと思います。(ここ数日車に積もりに積もった雪を除去するの
大変そうだな〜)。
1/20
その昔、秋田に来て初めての冬に、闇夜にとどろく轟音に取り乱し、T師に電話を掛けて
何の音か聞いたことがある。その時の記憶が曖昧で、「なぜ秋田では冬に雷がなるのか?」と電話したと思っていたが、実は「何の音ですか?秋田大学で爆発が起こったんですか?」と電話したのを思い出した(真面目にそう思った)。その時、懇切丁寧に、『日本海側では冬に雷が鳴る』とか、『京都(T師の出身地)の冬について』とか語ってくれたものだ。それなのに、「なぜ秋田では冬に雷が鳴るのかなんて馬鹿な質問に
応対した記憶がないし、今の俺なら絶対やらない」とのT師の発言に、「昔は優しかったな〜」と言ってしまった。すみません、記憶違いでした。T師は今も優しい方です(笑)。
1/17
後藤さんのチャチャについて。私は滅入ったり、嫌なことがあると複数の友人に(飯+飲みながら)よく愚痴るので、確認を一応取ると、やはり愚痴ってたらしい(つまり言われたことはほぼ事実)。異例の研究室移動や、仲の悪い院生の讒言により、
後藤さんが私に対して非常に悪い印象を持っていたため、初日から口げんかするほど
仲が悪かった(T師に相談したこともあったなぁ)。それに院生仲間では、後藤さんは”イノセンス”称されるほど、
悪意無く思ったことを結構口にする人であった。だが、T.Aを通じて後藤さんとの関係は一変し、
さらに明洋と、後藤さんにじかに”口が悪い”と抗議して以来、後藤さんは
”言い方が丸くなった”。よって、今の後藤さんから先の発言のような言葉が発せられることは皆無だが、
これは後藤さん、明洋、私の二年間の付き合いの賜物?だろう。話は変わるが
当て逃げされた。一応警察に連絡したが、自分でも探している。見つかる可能性は
皆無だが、それなりに自分で探すと諦めがつく。ずっとムカムカしてるより、
精神的に区切りがつけられるから。
1/15
後藤さんから紹介されたwebページにハッカーの事が書かれていたことを、実はクラッカーに消された日誌に書いた。そのページには、師とともに歩きなさい、という文句
があったと記憶している。ものすごく歩幅が短く、スピードが遅いものの、一応ともに
歩いてきたつもりである。一昔前、「趣味が違うから一概には言えないけど、少なくとも今のところ千田から教わることは何一つ無い」と後藤さんに言われたことがある。言われた時はそれなりにショックだったが、
パソコン関係の話の延長での話だったから、その時は何も言わなかった。その後、私が
プログラミング言語の中でxhtmlに少なからず興味を持ち、後藤さんに教わりながら身に付けたことで、(プログラム言語に対する拒否感みたいなのが薄れて)TeXはほとんど自力で身に付けることができた。その様子を見て、後藤さんが『LaTeXとXHTMLを一緒に学ぼう』を書くのに至ったのだが、これが
結構多数の人に見られているらしいし、見た人とのやり取りで、後藤さんのスキルが
上がったという事実がある。これに関して私は一切直接的に絡んでいないが、『師とともに歩く』という文句には当てはまるのではないだろうか、と思いつつ、
後藤資料を眺めていたりする。
後藤チャチャ
ここに登場する後藤さんは(たぶん私のことだとは思うのだけど)、
しばしば、私が言いそうにない(と私には思える)
気障な台詞を吐いたりしているようなので、
私の発言というのが、如何に私の意図通りには伝わっていないのだろうか
―自分の意図を誤解・曲解されないように他人に伝えることが如何に難しい
ことであるか―ということを学生たちから教えられている毎日であります。
それはともかく、
「あんたから教わることは『何一つ』ない」なんて受け取られることを
本当に私が言ったのだとすると、
その発言は取り下げさせて下さい。
その発言内容は間違っていたとここにお詫びして訂正いたします。
だって、ちょっと想像しただけでも、
千田さんのお薦めのうまいラーメン屋を教えてもらったりすることは現によく
あることだし、パソコン関係のことだって、学生たちが私の知らない
便利なやり方を見つけたのを教わることだってあり得るし、
私が漢字や英語や計算を間違えたのを学生に指摘されることだってあり得るし、
あるいは、仮に私自身が
「あんな奴からは何も教わりたくない」と思っていたとしても、
当人が私の前で、
「オレの誕生日は○月×日だ」だの
「オレは牛乳を飲むと下痢する」だのと発話すれば、
私は、その別に知りたくもない知識を教わってしまうのだ。
という訳で、
毎日のように接する誰かから「何一つ」教わらないなんてことは、
現実問題として不可能なことです。
せっかくなので蛇足ながら実に陳腐で気障な台詞を吐いておくと、
人に何かを教えるということによって自分自身が教わることは
あまりにも多いでしょうに
(これは本当に昔から言い尽くされていて恥ずかしいぐらい陳腐だけど)。
あと、私はなるべく考え得る可能性を留保して話す方なので、
「絶対……だ」だの「何一つ……ない」的な断言は避けているつもりなんだけど、
そうでもないのだろうか……。
1/13
何か知らんけど、中国のクラッカーにしてやられてるので、しばらく適当に書こう。
唐突だが、私は麦人という声優が好きだ。スタートレックTNGでパトリック=スチュワート(以後P.S)の吹き替えを何故か途中からやりはじめたのだが、P.S本人の声に
似ていたはじめの人よりも、しっくりくるものがあった。それはP.S本人のイメージ
というよりも、役柄であるピカードのイメージに合っていたと言うべきか。ただこのイメージというのは私個人のイメージであり、字幕で見るとものすごく
ギャップを感じる。もちろん、声の違いという根本的な問題もあるが、各場面での
抑揚が違うのだ。漠然としか言えないが、本人の演技では、軍人だけど考古学が好き
な人というイメージで、麦人だと考古学者が軍人をやっているとイメージをうける
(ピカードは考古学が趣味)。よって物語全体のイメージも、途中の伏線に対する
物語の進行予想もかなり変わってくる。もっと詳しく書きたいが、後藤さんは
あまりスタートレックが好きじゃないみたいなので(笑)、いきなり結論を書くと、
字幕も吹き替えも両方見ると、作品のイメージが変わり、二度楽しめるということ。
英語・字幕なしで見るのが好きな方でも、ぜひ一度吹き替え版で見て欲しい。
ちなみに以前書いたフィギュア(スターシップ)は全部揃った。
後藤メモ
またやられましたね。
以前、初年次ゼミページに(中国の?)アダルトページのURLが大量に書き込まれましたが、
それと同じようなのがここに大量に書き込まれてました。
CNCGROUP-HE
(221.192-221.195, 218.7-218.12, 221.0-221.3,
60.0-60.10, 61.48-61.55, 61.134, 61.159, 61.182,
202.99 たぶん、もっといっぱい)
からのアクセスは制限しておきましょう。
http://www.apnic.net/apnic-bin/whois.plで検索
今後も、このようなことはそれなりの頻度で起きる可能性があります。
全体のログは、一週間おきぐらいにしか取ってないので、各自のログは、
各自で取っておいて下さい。
あと、「差分」を見れば、スパムを書き込まれる前の状態が保存されている
可能性があるから、エロスパムが書き込まれたからと動揺して、即座に
削除してしまわないように。
私が帰省前に保存しておいたログには以下の12/26までのぶんまでしかありません。
おっと、
Google
に1/2までのキャッシュが残ってた。
2005/1/2
- 目に見えないものに縛られてます
新年になったが、喪中ということもあり、外出を控えている。私の家系は禰宜(ねぎ・簡単に言えば神主)ということもあり、一般家庭よりも少々小うるさい。かく言う私も 両親ほどではないにしろ、格式に縛られている。一年の計は元旦にありとよく言われるから、元旦から大学に行きたかった(その為わざわざ帰省しなかった)のだが、年末に両親にそのことを告げると、 「喪中の者が正月三が日に出かけた先では不幸が起きるからよせ」といわれあきらめる。 後藤さんがこれを見たら笑うだろうが、宗教や伝統というものは、それと無縁のものからすれば大変こっけいなものである。その反面、非常に難しい問題でもある(色々書くと後が面倒くさそうだから控えます)。 まっ、要は、本家である我妻家の伝統に、頭では分かっていても縛られてしまうという 悲しい性(さが)によって、帰省しなかったのにもかかわらず家で何することも無く ただ家にいる自分が悲しいということ。
- 年賀状は誰の差し金だ?
日本には、やれクリスマスだ、ヴァレンタインだって、意味もへったくれもなく 盛り上がる傾向がある。しかも、その多くが某企業の差し金だったりする。 よって私はその手のイベントがだいっ嫌いだ。 何年か前、チョコを貰った時に説教したら、一週間口を聞いてもらえなかったことがある。そんなことはどうでも良いとして、実は年賀状も、郵便局(郵政省)の 差し金で広まったごく最近の文化だと思っていた。そのためもあり、結構若いうちから 年賀状をださないでいた(ちゃっかり両親と連名になってはいたが)。 私のように某企業の差し金イベントを嫌う人間が多いからって訳ではないだろうが、 一昨年、NHKで年賀状の説明番組をやっていた。その中で、実は年賀状は、平安時代の 貴族の女性が始めたのが始まりで、非常に伝統のあるものだといっていた。すみません、 郵政関係の方々。とは言え喪が明けても年賀状は出さないだろうけど。メールくらいは出すようにしようかな。ちなみに、私が書かないのにもかかわらず、 長年年賀状をくれていた友人に喪中を知らせたら、お前は喪中関係ないだろ 的に怒られてしまった。ごめんなさい、来年からはメールします(笑)。
- NHKは以外に面白い
ケーブルテレビに加入するまでは、意外なことにNHKを見ている時間が多かった。 私がテレビを見る時間が深夜が多いということもあり、しかも秋田は一時くらいになると なんもやってないため、ほぼオールナイトやっているNHKをなんと無しに見てしまって いたのだ。だが深夜のNHKは非常に面白い。プロジェクトXやその時歴史が動いた の再放送をしていたり、NHKにしては面白い(ごめんなさい)ドラマの一挙放送 があったり、なにより生物ネタや人体ネタが多いNHK特集がかなり面白い。これを 友人に奨めたら、かなりキワもの的扱いを受けたが、実はNHKの面白さを知っている 人物とようやく最近会えた、というか、いた。何をかくそう後藤さんだ。 以前英語ゼミでアーカイブの話になったときに、「千田は(留学するんだから)意味を知っていなくちゃならない」てなことを言われた時に、「知ってますよ、たまにNHKアーカイブス見てますもん」と応えると、「NHKアーカイブスね。あれは良い番組だよ」てなことを言われる。深夜にやってるマイナー番組をなんで 知ってるのかと思いきや、その後の言動から、後藤さんもNHKファンだということが分かった。とは言え、友人に「後藤さんもNHK好きだよ」っていったところで、際物扱いされることにはなんら代わりは無いだろう。
- ジャンク屋とパーツ屋の違いって?
この前の日誌に後藤さんに突っ込まれたけど、ジャンク屋とパーツ屋ってどの位 違うものなのかな?イメージ的には、スロッターとパチンカーの違いみたいな ものだと思うけど。6日にでも聞いてみよう。
12/28
正月に実家に帰らないので実感が無いが、今日で一年は終了である。 本当に最悪な一年だった。窮鼠猫を噛むというが、後藤さん、T師、私は8ヶ月間 噛まれ続けたことになる。さらに本来善なる存在の邪蜂が二人の師(後藤さん・T師)はもちろんのこと、研究室にも多大な損失を与えた。だが、最悪な一年といっても、良いこともたくさんあった。今年は院生が積極的に研究室運営に参加し実行しようと明洋と話し合い、それを実践することにより、大幅な改善と良い関係が築けたと自負している。 もちろん、今年の4年生が真摯であり素直だということもあるが、私と明洋ほど 陰日なた無く動いた院生はそうはいないだろう。ただ反省すべきは、私は動きすぎたかもしれない。私は私心では動かないし、人を好き嫌いで評価しないので 専横だとは思われていないが、明洋曰く『強烈とも言えるリーダーシップ』の度が過ぎた 時も多々ある。こうしなきゃダメだよということを行動で示してきたことが、何でも やってもらえるという誤解を生じさせたかもしれないのだ。それについては後藤さんも 同様のジレンマを持っている。もっとも後藤さんの場合、セキュリティーやらなんやらで 代わりに仕方なくやってあげたことを今日もさせたれた訳で、思わず二人で苦笑いしてしまった。私個人としては、厄介ごとでかなり精神的にタフさを 要求され、耐え切れず数ヶ月に及ぶ大スランプをかましてしまった。お陰で評価を ものすごく下げた。「やる時は(一応)やる男」という評価を飲み会の時に後藤さんから頂いたが、これは明らかに非難である。 T師やK教授からも同様の評価を受けたことがあるが、この時は、遊び人だし精神的に波があるがメリハリが付いている、 といういい意味だった気がする。事実、実績も作った。医学部崩れということもあってか、潜在能力はかって貰ってはいるみたいだが、T師やK教授にみせた実力を今年は後藤さん に見せる事はできなかった。本当の意味での能力に見合った実力を示すことが来年以降の 至上命題である。あと、パソコンに対する認識の甘さを無くしていかなくては。今日も MOの中身を開いた状態でMOを抜いて叱られてしまった。パソコンについて後藤さんから 鍛えられてくるうちに、後藤さんが神経質なのではなく、当たり前のことを私(達)が 認識していないのだと気付いたが、たまに気を抜くとつい素人作業をやってしまう ことがある。まだまだ甘ちゃんだ。それに今日、「俺が色々試行錯誤して必要なデータだけをまとめたCDにした」という後藤さんの言を聞き、イチローが「僕を天才だという言葉だけで片付けるのは不愉快だ」といった言を思い出し、 非常に恥ずかしくなった。実力が上がれば上がるほど、努力や試行錯誤といった 行動が必要となるわけで、研究室を移った当初思った、後藤さん=パソオタ、という 概念に縛られ、努力を惜しんでいたことを痛烈非難された気がした。 本当に反省すべきことばかりである。来年は反省が減るといいんだけど。最後に、 私は喪中なので新年の挨拶はできません。よってここで今、さしあたり無い程度に。 お世話になった皆さん、今年はありがとうございました。来年もさらに迷惑かけると 思いますが、見捨てないで〜(笑)。
12/27
wikiに文章を書いていると、勝手に改行されてしまう症状が数日前から出ていたのだが、 前回自分のwebページに日誌を移したときと同様に、書きすぎて重くなった性だと 考えていた。よって24日に2回目の中身引越しを敢行したのだが、後藤さんから昨日別件で「wikiのバージョン変えたからね」と言われ、ちょっと唖然。 まるっきり気付かないよりは全然ましだが、t氏クラスの方なら、すぐにバージョン アップだと気付くのだろうか?ちなみに後藤さん曰く、t氏は秋田大学で一番パソコンに 精通し、パソコンに関しては何処でもやっていける人だと伺ったことがある。 先日のフォートランの件で、4年生ができなかった作業がヒューマンエラーではなく、 経験不足によるアルゴリズムの誤認識にあったのだが、私は後藤さんのしつけ?のおかげで、すぐにその事に気付くことができた。1ヶ月前の私なら、 アルゴリズムではなく、ヒューマンエラーだけを追及していただろうが、ある意味この件が、失敗経験からではなく、知識からトラブルを 解決した最初に事例かもしれない。よって、経験ではなく、知識だけでバージョンアップに気付きえられるかどうかということに興味があるわけだ。 ついでだが、一週間くらい前に後藤さんから日誌を移すよう指示があったが、 このために移したわけではない。私はそんなに素直じゃない(笑)。
12/26
何にでも言える事だけど、物事には塩梅ということが大事だと思う。
後藤研では我々M2が実質一期生ということもあり、先輩から後輩へ当然行なわれるべき
技術伝達等が手探りで行なわれてきた。それでも私付きのHi君が何とか私の代理を勤められるように
なり、他の4年生への技術指導を一部任せていたのだが、何度やってもうまくいかない
プログラムがあるという。しかも後藤さんがwikiに書いた手順書通りにやっても
うまくいかないという。Hi君はヒューマンエラーを起こす可能性が低い学生なので、
何か他の問題かと思い、Hi君と当事者のIt君を呼び出し私が試しに実行することにした。
後藤さんの手順書に従い、工程の半分まで進んだところで私も失敗する。ここですぐに
アルゴリズムが頭に浮かんだ。後藤さんに最近アルゴリズムを少々叩き込まれたことも
あり、アルゴリズムが以前とは違い想像できるようになりつつあるし、アルゴリズムとは
いえ、普遍のものではなく製作者のクセがでることも分かってきた。
よって失敗する原因となっているであろうプログラムを開き中身を確認すると、
私の想像通りであった。一応使用する3つのプログラムの中身を確認し、バッチファイルを作り走らせてみると、今度はうまくいった。後藤さんの手順書は、プログラムを
自分でそこそこ書ける人(私含め)であれば、実行できるし、失敗しても中身を見て
理解することはできるであろう。それに手順書自体、非常に親切に書かれていた方だった。だが私にとっては、その親切さが逆に分かりづらくさせたし、学生にとっては
十分に親切な内容とはいえないもだった。ここで言いたいのは後藤さんに対する
批判ではない。後藤さんほどの人でも、全員に分かるような説明が難しい
ということだ。私は今、学生の為にngraphの使い方なるものをネットで書いているが、
後藤さんからの評価はすこぶる悪いのに対し、4年生からの評価は結構良い。
それ自体が私の苦悩始まりであり、同時にngraphの使い方がなかなか完成しない
理由なのだ。つまり、後藤さんからそこそこ評価される内容は多分かけると思うし、
実際そのように書いていた。だが読み返してみると、うちの学生が理解できない
という結論に達し、大幅な修正を余儀なくされた。また、書いているうちに、これで
理解できるであろうか、少々親切すぎるのではないだろうか、という疑問が
絶えず頭をよぎり、その都度停滞してしまうのである。要は塩梅が分からず、
苦労しているのである。誰が読んでも理解できるしくどく感じないなんて文章は
おそらくなんぴたりにもかけないだろう。だがそこそこの塩梅は存在しているはず。
それが実行できないわけだから、やはりうちの子たちに分かり易く書いたほうが
いいのかもしれない。題名に初級偏・初心者向けと書いたほうがいいのかも。
- p.s後藤さんへ。言い忘れていましたけど、<hr />と<br />の説明で、
表題がhr、brとだけ書かれていたために一年生が勘違いし、相当数の学生が
変更を求めていました。直された方がいいかと。
12/24