編集(管理者用) | 編集 | 差分 | 新規作成 | 一覧 | RSS | FrontPage | 検索 | 更新履歴

千田の修論日誌 - *12/23

目次

12/23

1年生の情報処理の講義で、XHTMLを手伝ったこともあり、課題の採点付けを手伝うことにした。去年の学生が一人も達成できなかったフォートラン のプログラム課題を今年は数人達成できていたから、正直かなり期待していた。 だが結果は、目を覆いたくなった。去年はネットからパクッた学生と、支援ソフトを使った学生が半分もいて頭を抱えたこともあり、今年は何度も念を押してどちらもしないよう 注意した。その甲斐もあり、支援ソフトを用いた学生が4名と激減し、パクリに関しては 皆無だった。しかし、純粋に評価の対象となる学生の平均点は去年を下回る。 おそらく、今年の学生の理解度が低いのではなく、去年ならば パクリや支援ソフトを用いて提出していただろう学生が、適当にやって平均点を下げた ものと思われる。つまり、去年評価の対象にならなかった学生が、評価の対象となるレポートを出していたら、おそらく平均点は同じくらいになっていただろう。今年の学生が4年にって研究室配属になるとき、私はD3としてまだ在学しているだろう。 その時また一から教えなくちゃならないかと思うと少し具合が悪くなった。 その点では今のB2も同じだけれど。

12/22

九月に提出した論文が通った。かなり厳しい評価をもらったが、意味もなく精神的に 疲弊させられた2004年の最後に、やっと良いことが起こったという感じである。 これがこれからの励みになるだろう。だからと言うわけではないが、さっそく 次の論文の要旨などを書いて提出してみたのだが、思いっきりだめ出しされた。 提出する前に、つっこまれるだろうと予測していた部分がつっこまれていたので、 まあ、気は楽ではあるが。二年前の卒論提出の際、一発で合格をもらい、「一発で 合格した奴は、ここ十年で二人目だ」と教授に言われ、それなりに自信を持っていたのだが、やはりあくまで卒論レベルだったらしい。ただ卒論時は 化学専攻であり、薬学出身の私としては今の力学に対する知識とは月とすっぽんくらいかけ離れた知識と実力を持っていた。よって今回提出した論文要 旨に対しては、今現在の力不足に起因して、的確な解析ができていないという面もある。 もっとも、イモ臭い表現や、論文にそぐわない表現の多用といった技術面での 失敗もあるのだが。こちらは書いていく内に直せるだろう。

後藤メモ(12/20)

対照表メモ学外からはアクセス不可。

12/16

修論日誌なのに修論について書いていないという、友人からの指摘があった(笑)。 日誌を書き始めた経緯が別の所にある(http://www.str.ce.akita-u.ac.jp/~chida/shuron.html)から間違えられやすいが、この日誌は決して修論日誌ではない。 "修論についても書くかもしれない日誌"が正解なのかもしれない。 論文と日誌は、全くもって次元の違うものであるが、日誌を書き続けることによって 多少なりとも文章を書くこと自体の練習にはなっている。それに自分の思考・指向が 世間ではどの様なものであるか知る意味でも勉強になる。その意味では、後藤さん、T師 から色々指摘をうけ、色々考えさせられた。T師が"色々勉強になるからやったら"と言われたことが、実際勉強になっている。まっそれでも確かに、修論ネタが少ないかも。9月に出した論文の査読結果がでたら、もうちょっと書こうかな。

高校の同級生より

修論日誌なのに修論のネタをほとんど見かけたことがない。研究所にいるのに半分くら い外出している(もちろん仕事で)人と同等かもしれませんが・・・

伊藤のコメント

 いきなり日記に割り込んだ事を深くお詫び申し上げます。 とりあえずホームページが完成したのでご報告にやって参りました! 高橋さんと共に戦士達への参戦お待ちしておりますm(_ _)m http://neosukunn.hp.infoseek.co.jp/です。 (ちなみにIEのみ対応です。オペラ、ネスケは変に表示されます。) (この記事は削除してまったく問題ありません。)

後藤メモ

IEでしか読めないページはダメだって 経済産業省 も言ってますよ。 それはともかく、そろそろ この辺 にログを回しませんか>千田さん。 あ、あと、私が行ってたのはジャンク屋じゃなくてパーツ屋ね。どうでもいいけど。

12/15

kissさんと車で買い物に行く途中、男子学生に水をしこたまかけてしまった。気づいてすぐに戻ったのだが、 学生がいない。何処に行ったのかと捜していると、関係ない女子大生がこっちを見ながら(しょっちゅう振返りながら) 歩いていくのが見える。女子大生にもかけたのかと思ったら、ただこっち見て噂しているだけだった。 井戸端会議とはよく言ったものだ。正直腹立たしかったが、水を掛けてしまった学生を 捜す方が急務である。しばらくエンジンをかけたまま止まっていると、アパートから 学生っぽい子が出てきた。急いで確認すると、その学生であった。まさかわざわざ謝りに来るとは 思わなかったから、家の中に入ったとのこと。道理で見つからないわけだ。丁重に謝罪し、 クリーニング代を支払ってその場を去った。確認もせずに噂を流す輩は男女関係なく 存在するが、少なくとも、わざわざ何度も振り返って噂するような輩は、大げさに、 つまり「水ぶっかけて逃げた奴を見た」なんて言いふらしかねない。kissさん曰く、 日本人はみんな同じに見えるけど、私はすぐに覚えたし、忘れられないらしい。 まあ、昔からヤクザに間違えられることが良くあったし(後藤さん曰く右翼)、 目立つ風貌ではあるけれど・・・。どのみち覚えられやすいわけだから、 今日のことで指さされることがあるかもしれない。髪延ばして金髪にでもしようかな(笑)。

12/14

12/13

フラッシュメモリが壊れたのだが、なんとか中身だけ抽出できないかという学生 が来た。一応私のパソコンにつけてみたのだが、やはり動かず。後藤さんがドライバ の問題かもしれないからlinuxで繋いでみたら、というのでvineで立ち上げ直すと、 ビンゴだった。そこからの作業は後藤さんにしてもらったのだが、色々と疑問は残る。 大学の処理センターは、少なくとも生協で売っているものについてはドライバが入っているはず。 それなのに動かなかったのは何故だろうか。たまたま使ったパソコンだけに入っていなかったのか。 それとも学生の使い方が悪かったのか。その学生はそこそこパソコンに詳しいから、 後者は考えづらいということもあるが、処理センター側の問題なら、ちょっと 問題があるのでは。TAをやってたときにも感じたが、いろんな意味で処理センターは 学生並びに大学側と距離がありすぎると感じる。後藤さん程とはいわないまでも、 それなりにパソコンに詳しい人を常駐させるべきでは。そう言えば、以前フリーズしたパソコンを 、コンセントを抜いて処理した職員がいたな〜。

12/6〜10 ダイジェスト

好意から行なった行為を、その後もずうずうしくも強要してくる輩がいる。 残念ながら私の友人・研究室の中にも若干名いる。ずうずうしいながらも、 多少感謝の気持ちが見えれば納得もいくのだが、全くその様子が見えない。 最近親しい方の友人に、憤りを感じる言い方をされた。嫌なことは全部私に押し付けて 当然であり、感謝する気持ちなんかこれっぽっちも無いという内容だった。 友人でさえこんな奴がいるんだから、ただの知り合い以上友人以下の関係の人間なら もっと(人としてしてはならない)勘違い、思い違いをしていてもおかしくないという ことに気付いた。極端に言えば、願い事を断っただけで、悪人にされてしまうのだ。 大学のシステムは共産主義に類似しているとよく感じる。どんなに雑用をこなしても、 全然やんなくても、大学側から受ける評価も対応も得るものも皆同じなのだ。そのこと も勘違いを引き起こさせる原因の一つだろう。それらの事が、今私を窮地に陥れている。 わがままな女をふったら、ストカーされ、近所中に風評を流したり、あること無いこと2 ちゃんねるに書き込まれたって感じである。私は何処まで耐えればいいのだろうか。

12/5

最近スタートレックの戦艦フィギュア(お菓子のオマケ)収集をしている。本来300円の製品が、 97円で売られている場所を見つけて集め始めた。大きさは10cm前後だが、 最近のオマケの例に漏れず非常にできがいい。全11種で、今まで7個買って6種類 集まったのだが、その内4つは主人公艦エンタープライスC、D、D改、Eである。 全部集めようとは思わないが、A、Bは欲しい。今まで運が良く一つしかかぶらなかったが、 今後はかぶりまくるだろう。以外にでかいのでかぶるとおき場所に困る。誰かにあげたくても 、テレビ放映されていた90年代中後半ならいざ知らず、トレッキーが周りにいない。 かぶった船は研究室にでも置いておこうかな。

12/3

9月に出した論文が通ったか否かは、遅くても来週中には分かるらしいが、普通の 合否通知の仕方とは違うらしい。簡単に言うと、通っていれば早めに論文が帰って きて、修正を求められるのだそうだ。このことを私に告げた後藤さんと私の会話は傑作だった。 「遅く帰ってくれば、その正月は嫌な気持ちで迎えなくちゃならない。」 「来週には帰ってくるといいですね。」 「かと言って通っていたらいたで、修正のことで頭がいっぱいで正月を楽しんで迎えら れないんだよね。」 「じゃ、毎年つまらない正月って事になるじゃないですか!」 「そうだったかもしれないな〜。」  ルーマニアに帰省していたkissさんが帰ってきた。kissさんの友人が作ったという 陶器?の灰皿をいただく。その筋の職人さんらしい。今度の飲み会にでも聞いてみよう。

12/2

Hi君が卒論を再開したいとの旨を昨日連絡してきたので、今日から再開することに。 Hi君の卒論は後一つのテーマで完了なので、かなり気が楽だ。私が改良した プログラムをHi君に移植し、データを取ることに。しかし、何か変だ。 しばらくぶりなのでHi君が手間取ってるのかと思いきや、弾性域の計算にもかかわらず ものすごく時間がかかっているのだ。何度もチェックしたが、プログラムにもHi君の 作業にも問題はなく、ただ単に計算が収束しないだけという問題だった。 一昨日私が走らせた弾塑性解も同様の結果が出ている。簡単に言ってしまえば、 今やっている方法では、今の研究対象には使えないという事が分かったのだ。 これについては、私のDr論文で他の方法を追求することとし、Hi君の卒論は意外な結末で、 早期終了してしまった。まっある意味良いことだけど。話は変わるが、1年生が プログラムの質問に来た。全然分からないと言うから中身を見たら、print*の位置が 間違えているだけで、後はほぼ完璧だった。だが、このprintの位置というのが曲者で、 ケアレスミスでdo文の中に書いてしまうと痛い目に会う。かくいう私も 先週のプログラミングでやらかしてしまい、関係ないところのアルゴリズムを 必至にいじくる羽目になったという苦い思い出(printをdoからだせば初日にできいた)がある。 それは良いとして、去年1人もできなかったものをprintを除いて8割自力で完成させて来た 事に免じ、正しいプログラムを(後藤さんに許可とって)教えてあげることにした。 この事がひいきになるのではという見方をする人もいるだろうが、講義中に何度も 「質問しにいつ来ても良いし、来た人にはヒントをあげます、場合によっては 手伝ってあげます。」と伝えたわけだから、質問に来ないで適当な レポートを出す方がどうかしているのである。大体大学なんだから、学びたい子が 多く学べる環境作りは必要でしょう。

11/30

修論の修正作業に着手するが、計算サーバーの容量の問題で自分のパソコンで 計算することに。経験上、自分のパソコンで計算すると丸一日以上かかるだろうから、 明日はパソコンが使えないだろう。

11/29

今全国的にインフルエンザならぬ、DQ病が蔓延してるが、かく言う私も DQ病にかかってしまった。というか確信犯的にかかったというべきか。 そんな暇も余裕も無いのだが、約4年に一度の風物詩的なものであるから、 オリンピックに熱中するのと同義に近い。 だからと言う訳ではないが、多少のことは多めにみてもらいたいな〜。 ところで、某大学査定システムのeじゃ無くてaの方の 影響で、そこら辺で試験とか行なわれているようだが、学生さんは大丈夫なのだろうか?

11/27

別に書かなくてもいいのだが、ちょっと面白いネタなので書いてみよう。 最近”血液型うらない・性格判断”が大流行中らしいが、ついにNHKや民法各社で作った 第三者機関がクレームを発したらしい。懸命な方はご存知の通り、血液型で性格 とかが分かるなんて全くナンセンスな話である。血液が酸性になるとかアルカリ性に なるとかと一緒。血液の場合、食品関係の人が儲けのために使う方便だとして、 血液型はいったい誰が儲かるのだろう。占いの本とか売れてもたかが知れてるだろうし。 それとも、私が知らないだけで、実際は非常に多くの人がだまされいて、本とか何十万部 と売れているのだろうか?実は私や天野はネタで血液型の話をするが、お互い理解してる 上で馬鹿な話をする事が面白いというニュアンスでお前はAB型だからといってからかった りしている。その輪に混じってくる友人何人かに電話して、「本当に血液型が性格とか 分かると思ってんの?」と質問したら、「うん」と皆言うではないか!本当に多くの人が 騙されてるんだ、とびっくり。話は変わるが、酸性アルカリ性をうたった食品に 対しては私はある意味賛成である。なぜなら、医学にプラスプラシーボという概念 が存在するからだ。その点サプリメントも害が無い限り良いと考える。病は気から というが、プラスプラシーボ効果がある程度期待できるという点で、サプリメント は有効であると思う。p.s(誰に?)にがりはだめだよ〜、明らかに害があるから。

11/26

何とか使えそうなプログラムを3つ持参し、さっそく走らせてみるが全部失敗。 見かねた後藤さんがアルゴリズムをホワイトボードに書けと言うので書くと、 無駄な数式があるのと、この問題においてdo文の中にdo文があるのはおかしいと指摘される。 実は二日前から、"これを聞けば簡単に解けるだろう"という質問を一つ持っていた。 それを聞けば多分解けるだろうが、自力で解いたとはいえないだろうという思いがそれを 躊躇させた。結局p.m7:00までかかって自力で完成させた(文献も一切読まず)のだが、 その質問を二日前にしていれば、やっぱりすぐに解けていた。今思えば、この一見つまらない プライドも、自分にとってはかなりプラスになった。(早く解くために無駄に 文献の中にあるアルゴリズムも強引に使って失敗したということもあるが、)途中から何も見ずに 自分で初めからアルゴリズムを組み立てたことは何より大きい。何かを参考にしながらやったのとは 理解度に雲泥の差があるからだ。それもあってか、プログラムを後藤さんに送ったら、 珍しく?好意的な評価だった。それに失敗の課程で生じた数式が、時と場合にはかえって 有効かも、って感じの評価も受けたし。どうでも良いけど(良くないけど)、仙台に帰省する時「f77勉強してきます」 って言っておいて、遊び明かしてきた事を後藤さんに見透かされてたみたいだ。 後藤さんに早く認められたいって思い(あせり)が空回りして、調子こいた発言をしてしまい、 最近つとに信用を失ってしまっている。それがやる気に悪影響を及ぼし努力を滞らせる、って感じの悪い サイクルを続けている。今回が良い機会だから、もう一度ドクター面接失敗時の気持ちに立ち戻り、 地道にやっていこう。それさえできたら(タレカ(仙台弁)な私にとっては一番難しかったりするけど)結果は付いてくるのだから。

11/25

昨日のプログラミングができない。アルゴリズムが間違っているのか、用いている数式が 間違っているのか?f90コンパイラーが家に無いし、パソコンに入っていたg77コンパイラーは この前壊してしまった(色々いじってたら設定をおかしくしてしまった)ので使えない。 そのため、何度もアルゴリズムを組み立てては頭の中で走らせるという作業を繰り返す。 だが、その度に何かが引っかかり、すべて失敗。恥ずかしくて大学にいけなかった。

11/24

3年の創造工房にちょこっとだけ顔を出す。どうせ苦労してるだろうからアドヴァイスでも と思ったら、露骨に拒否される。何でだろうと思ったら、何のこと無い。出来があまりにも 悪いので恥ずかしくて見せられないと言うものだった。そんなこと初めから分かってたから、 アドヴァイスしてあげようって言ってんのに、素直じゃない。だいたいSBは細い部材ほど シュリンケージの影響を受け易いから気をつけろって言ってんのに、接着剤の付けすぎで ひどく変形している。まあ、そのために叱られるとでも思ったんだろうけど。午後からは 1年生のプログラミングの講義のお手伝い。去年の1年生が一人もできなかったという宿題を 今年も出すと言うから、興味本位でやってみるが、二時間やっても解けない。手伝いが 終わった後でもやってみたが解けない。そのことを後藤さんに言うと、"そんなこともできないの?" と笑われる。悔しいから次の日までやってくることにした。

11/23

前日ギャンブルで一儲けしたという友人に焼肉をご馳走になったのだが、どうも 疲れた体には受け付けなかったらしい。ひどい胸焼けと下痢でプログラミングどころじゃない。 終日横になって終了。

11/22

ngraphの使い方のプログラミングの遅れを後藤さんに謝罪すると、「できないことは 言うもんじゃない」とたしなめられる。前日のブログを読んでいない様子だ。確かに 簡単にやれると言ってしまった点は反省すべきだけど、自分としてはあくまでも"気概"を表した のに過ぎないんだけど、自分が考えているよりも自分の今の立場はやはり甘くない。

11/15〜21ダイジェスト

自主ゼミ&ホームページ作成に明け暮れた一週間だった。 月曜のゼミ終了後、「ホームページを明日までに書いてきます」と後藤さんに宣言したら 、結構きつくたしなめられる。私なりにホームページ作成に対する気概を表したつもりだったので、 たしなめられてことで少しやる気が失せてしまった。だからと言って作業をしないのでは ガキと一緒なので、やる気を奮い立たせ、作業を開始する。そうするとなんとまあ、 後藤さんがたしなめた意味がすぐに分かる。私がプログラミングを初めて覚えたのが XHTMLであることは以前書いたが、初心者の私が一応基礎的なものを習得できたものだから、 XHTML自体が簡単なものであったという、ものすごい勘違いを私自身に植え付けていたのである。 というか、Texに慣れすぎて、configurationの厄介さを忘れていたのである。 それにまた表を作る面倒くささと言ったら、頭をかきむしりたくなる程いらいらする のである(あんたオールバックで頭固めてるんだから、かきむしれないでしょ、 ってなツッコミはいりません(笑))。そんな訳で、言い訳にならないが、一週間 たった今もってホームページは完成していない。明日後藤さんに頭を下げなくては ならないが、そんな事よりも後藤さんの信用を失うのではないか(元々あるかどうか知らないけど)、 ということの方が辛かったりする。時間がかかった分、中身はそこそこ自信があるが、 それこそ言い訳にならないだろう、結果が全てだし。話は変わるが、自主ゼミは成功 の元に終わった。今年の4年生は普段おちゃらけてるけど、非常にやる気があるし、なにより真摯である。 去年とシステムを変えたのが功を奏したのか、それとも彼らの本来の質(たち)なのか? 彼らが卒業した後で後藤さんと検討する必要があるかもしれない。

11/14

後藤さんが今大変忙しく、休日出勤もやむを得ずという状態であったから、遠慮して 昨日今日と大学にいかないでいた(一昨日に、手伝えることがあればいつでも呼び出してください と何度も伝えており、一応いつでも出かけられる状態にはしていた)。だが、私も月曜から 実施される自主ゼミ(後藤さんの指示ではなく、学生が必要に応じて行う、今や後藤研の名物) の準備や、修論のデータ取り(金曜に一つ取り忘れていた)、それに自分のホームページの 修正作業と仕事は山済みで、さすがに今日行かなくちゃやばい。色々考慮したうえで pm5:00に後藤研着。まず自主ゼミでやることの準備。後藤研の学生が使うngraphを、4年 に指導しなくちゃならないんだけど、その前にTeXを忘れていてもらっては困るので、 ホワイトボードに予定+達成目標を書き、明日まず打ってもらうことにした。その後、 去年の学生が残した比較的簡単な論文でゼミを進めようとも思ったが、よくよく考えると、色んな意味でeffectじゃなくaffect があると困るので、断念。ちょっと大変だが私のホームページにngraphの使い方を 作り、後々参考にしてもらう事とし、明日は一から教えることにした。そして、前々から 修正・書き足しを考えていたホームページの改修作業に着手。それなりに良いものができ たらいいな〜。

11/12

以前から、材料工学科にもかかわらず、うち(土木環境工学科)の学生以上に後藤研に勉強に来る天野を ネタ的に"後藤研準メンバー"とからかってきたのだが、どうも本当にメンバーなりそうだ。 と言うのも、もし大学院進学を天野の両親が了解すれば、材料ではなく土木、ひいては 後藤研に移籍したいとの旨の話を後藤さんにしたからだ。無論私がDr進学に当たり、 一人じゃ寂しいから無理くり引き込んだわけではないし、天野と後藤さんがあれな関係 でないことは言うまでも無い(笑)。彼のプライバシーなので多くはかけないが(笑)、 目標を見出せないでいた彼を、そっと導いたのが後藤さんなのだ(言葉自体臭いが事実である)。 その点で言うと、後藤さんと天野も、私と後藤さんとは違った感じの師弟関係 にあるのかもしれない。

11/11

他人に見られてものすごく恥ずかしい思いをする事がたまにあるが、 その"たまに"が今日あった。私は基本的な英語力を下げないために、定期的に英語で 書かれた論文を読んだり、ハリウッド映画を音声・英語+英語字幕でみたりと、それなりに 勉強していたりする。前者には、英語の苦手な友人に和訳を頼まれた論文なんか もあったりするのだが、中には学科の違う友人のものもあり、専門用語を約すのに かなり苦労する。例えば私の研究室でgrainといったら木目だが、化学系では粒子 であるみたいに。今日はdependenceの使われ方が微妙(名詞が連続で4個使われていた)で、 化学的に違った約し方をするのか確認のためウェブで検索したのだが、 和訳が終わったあともその画面をそのままにしていた。すると、その後しばらくして 、後藤さんと学生の表記に使われるBの意味は何かという話題になり、後藤さんが 私のパソコンで検索しだしたわけだが、その時dependenceを検索した画面を見られてしまう。 母親に隠しておいたエ○本を勝手に捨てられていたことに気付いた瞬間が 脳裏に蘇る。 「あんたdependenceも分からないの?」と聞かれる(バカにされる?)だろうと覚悟したが、 後藤さんは以外にも何も言ってこない。逆にそれが嫌だった、というより気持ち悪かった。 言ってくれれば、自信を持って反論?できるのに。そんな訳(どんな訳?)で女々しくもウェブで言い訳して いるわけ。 ちなみに学生に使われるBは、bachelor(学士)のBみたい。

11/10

自分が意外なところで意外な評価を受けていることがあるが、昨日後藤さんとT師に 意外なところで良い評価を受けていた。と言っても口に出されたわけではなく、 以前kissさんにkissさんが英語で書いた論文の確認作業を15分でやってくれと頼まれた 時のように、お二人の私に対する言動が評価を表していたのだ。嬉しかったので、事のついでにそのことを今日お二人に 言うと、「お前はまだ若い」と後藤さんとT師に一笑される。無論ネタ的な意味もあるだろうが、 昨日感じた私の好評価が、絶対的なものではなく、相対的なものであったに過ぎない ことを表したのかもしれない。ある意味墓穴を掘ってしまった感があるが、 襟を正すには、これまたある意味良いタイミングだったのかもしれない。

11/9

東芝の研究員である友人の好意で、研究室で使っているプログラムの処理速度をあげる 作業を行う予定であったが、予定外の妨害が入る。 自分のいる場所は本当に大学なのだろうか?全くもってトホホである。 唯一の救いはHi君の卒論にめどが立ったくらいか。

11/8

約二週間ぶりの研究室である。何かと色々たまってるんだろうなと思っていたら、 特にそんなことはなく、唯一つ私のパソコンがvine linuxとデュアルブートに なった位だった。後藤さんから一通り説明を受けた後、 「適当に遊んでみて(=後は自分で勉強して覚えて)」と言われたので適当に戯れてみる。 当り前のことだが、同じlinux環境でも、windows上でcygwinを使っていた時の 設定が反映される訳じゃないので、自分の設定に置き換えていく。.bash_profileの中に source .bashrcを作ってaliasを設定したりとか。vine linuxそのものへの感想としては、 思っていたより全然使いやすいと言う印象。ただvine linuxだと使い慣れたATOKが使えない とか、windowsだとネットを開いているときの戻る進むといった動作を、マウスの横の ボタンでワンタッチでできたのにvineでは使えない、って事がとっても不便。これらが 設定で直せるようなら良いけど、 もし前者がどうにもならないなら、linuxでせっかくTeXが使えるのに、あまり有用じゃなくなる。 今までのようにテラタームでやった方がATOKが使えるから便利な気がする。 あとこれはlinuxのグラッフィクインターフェース全般に言えそうだけど、画面がぼやけてる感じがする。 まあ、使っていけば慣れるだろうし、ある意味目に優しいのかも知れないけど(これも設定で直せるものなのかな〜?)。

仙台ダイジェスト&色々(帰省していたので)

10/21

トイレで用を足していると、t氏が後から入ってきたので挨拶を交わす。 すると「登っている山は見えてきたかい?」と聞かれたので、「登っている山は 富士山だと分かったのですが、ふもとの樹海の中でもがいでいます。」と答えると、「ははは、 早く抜け出せるといいね〜」って感じで励まされる。多分、Dr試験の面接での失敗のうわさ を聞いたのだろう。t氏の好意は嬉しいが、やはり励まされているうちはダメな証拠である。 修論発表までは無理だろうが、再来年、t氏がアメリカから帰ってくる頃には、 トイレで会ったときには(別にトイレじゃなくていいけど(笑)、論文の内容で話しかけ られるようになりたいものである。

10/20

3年の創造工房が朝からあるので少し早めに後藤研着。SB製作のノウハウを軽く説明 し終わった時にHi君が顔を出す。まず、現段階のHi君のパソコンの習熟度を確認する ために、計算サーバーに繋いで、フォートラン77(以後F77)のプログラムを走らせる よう指示する。するとHi君には悪いが、予想に反して完璧にこなすではないか。 「すげーな。なんでできるの?」と聞くと、「千田さんがゼミで教えてくれたんじゃ ないですか!」と返ってくる。正直記憶に無い。「そんなことしたっけ?」「Haと僕に プチゼミしてくれたじゃないですか。途中から後藤さんも加ったやつですよ」。あ〜 そういや、日誌にも書いたっけ、てな具合で思い出す。私自身忘れているような 非公式ゼミ(自主ゼミ)でやったことをきちんと覚えていてくれたことに感動しつつ、 卒論を開始した。途中、プログラミングミスで立ち往生しながらも、初日にしては 内容の濃い作業をやらせることができたと思う。さらに合間を縫って自分の勉強もできたし。 Hi君の作業終了後、後藤さんに図の製作を頼まれる。さすがに二度目なので、一回目 とは比べられないほどのスピードでこなしてはいたが、七時を回ってしまっていた。 まあ、再出発の日としては及第点だな、と考えていたら、突然後藤さんがH班のO君のホームページ の話を始める。内容はO君への賛辞であったが、正直意図が分からなかった。 後藤さんが帰宅後、二時間ほどその意図を考え、悩んでいるうちに、ストレスでヘルペスができ、 下唇がパンパンにはれ上がってしまった。

10/19

夕方、中途半端に昼食を食べたので、明洋を強引に誘ってベンチで食べていると、H研の M君が話しかけてくる。「もう帰ってきたんですか?」と聞いてくるから、「留学は延期に なったんだよ」と答えると、「いや、そうじゃなくて、Hiが千田さんが仙台に帰ってしまったって 言ってたんで」と返ってきた。もしかしてHi君は私が居なくなることで卒論開始が遅れる ことをM君に愚痴ったのかと思い聞いてみると、そうじゃないと言う。ちょっと安心した はずみで「大体、この時期に卒論始めてるやつなんか基礎研にはいねーよな」と言って しまったのだが、M君に真顔!?で反論される。「そんなことないですよ。僕なんかもう とっくに始めてますよ」。正直マジでびっくりした。私はM1からこの研究室に移って 来たことは先に書いたが、去年の4年生の卒論開始が12月過ぎだったので、この研究 室は卒論開始が基本的に遅いと考えていたからだ。『去年と比較対照することは ナンセンスだ』と言っていた後藤さんの言を思い出す。冗談で「H先生は精力的だね」 と言うと、「H先生もですけど、M2のOさんが始めろって言うんで」と返ってきた。 これもまた正直びっくりした。H研はM2が卒論時のバックアップだけじゃなく、 進行そのものに直接手をかけているのかと。私自身、自分で言うのもなんだが、決して4年の指導に怠惰なわけではない。 現に、4年の卒論テーマ決定の際にはかなり私の意見が取り入れられたし、 パソコンゼミはほとんど私が計画(水研との合同ゼミは計画は後藤さんたちだが、ゼミ自体は私が実行)し、 実行してきたし、今後もその予定だ。だが、私付きのHi君が実際に卒論を始めて いない事は事実である。というか後藤さんの指示をただのほほんと待っていたのである。 『これじゃ、まずい』と思った刹那、Hi君に電話していた。「明日から卒論始めよう と思うんだけど」と伝えると、すぐに「ぜひ、お願いします」とやる気満々の返事が返ってきた。 雑用を当たり前のようにこなして、なおかつ自分のこともやれて初めて一人前と言えると 先日後藤さんに言われた。Drに行く人は違うねと明洋達に揶揄されながらも、 院生が行う雑用の90%以上を私だけがこなしてきたが、後藤さんやT師から少しも評価され ないことに正直憤りを感じていた。だが、後藤さんやT師は私の仕事を評価して いなかったのではなく、自分のことをおろそかにしている私自身を評価の対象と 認めていなかっただけのことだったのだとその時悟った。 私にとっても明日が真のスタート地点なのかもしれない。

10/18

色々あって夏休みに実家に帰らなかったので、後藤さん に休みをもらって帰ることにしていた。と言っても里心がついた訳ではなく、車の メンテナンスのためである。私は今の車に乗って七年目だが、買った当時はレースに 出る気でいたため、各所にレースセッティングが施されており、そのため実家の方の ディーラーじゃないと手に負えない部分があるわけである。だが、帰る直前に たまたまあった友人から、奨学金の手続きがあるから(色々面倒な手続きだから一回でオーケーでにくい)今帰るのは 良くない、とアドヴァイスされ帰るのを一週間ずらすことにした。後日、T師に愚痴ったら、 世の中そんなモンばかりだ、と一笑される。だが、試験後一週間強しか時間がないなんて、 やっぱり何かおかしいと思ったりする。

10/4〜10/15ダイジェスト

全くもって言い訳にならないが、Dr試験の日にちを間違えていたために、 予定を五日も短縮する羽目になった。これには後藤さんを始め、T師らに爆笑をかった。 多分、今後なんかある度に、「千田さんはDr試験の日時を間違えて大変な目に 遭いました。こうならないように、きっちり調べて把握しておきましょう」ってな感じ で後藤さんに言われ続けるだろう(笑)。それはさておき、肝心の試験(面接)は 非常になさけない結果に終わる。これは五日間でどうこうなるものではなかった。 質問の中には、いくら勉強していっても物理的に答えられないような質問(実験 は今後行うと計画書に書いているのに、実験内容を聞かれたりとか…まあ、土木は 実験するのが当たり前という概念が確かに存在するから、実験したものとして扱ってくるんだろうけど) もいくつかあったが、私が真に自分の研究を分かっていたら、反論の仕様があったのだろう。 自ら勉強不足を理由に留学を延期した位だから、今の実力不足は把握している。 ただ、今後徐々に不足分を補っていけばいいだろうとあんに考えていた。しかし現状は 、今の時点でDrに相当する実力を大学側は求めているのだ。結果は合格であったが、 おそらく、いや間違いなく、土木だけじゃなく、鉱山・工学資源学部史上、最低の 評価からのスタートすることとなった。こうなることは後藤さんは無論分かっていた。 合格発表後、後藤さんと今後のこと等を話し合う。 あえて中身は書かないが、後藤さんを師と仰いだのは間違いでなかったと、改めて感じた。

9/25〜10/2ダイジェスト

10/2後藤メモ

まずはつり橋製作お疲れ様でした。 で、取り敢えずの宿題。 集成材の長所・短所、最近の使用状況については押さえておく。 ハイブリット構造の導入で、長スパン化してきてるので、 細長い部材とかも使われるようになってきてる。 そうなると、横ねじれ座屈なども視野に入れた弾塑性解析が 必要。もちろん、実験で調べるという手もあるけど、 実験はお金も時間もかかるし、実物大の実験という訳にはいかない。 調べたい任意の構造の力学挙動を手軽に解析できるようになるためにも、 やはり数値解析手法を確立することは重要。 では、集成材梁の弾塑性・座屈・耐荷力解析をするには、 どのような数値的アプローチをすればいいか。 まず、集成材の材料特性。せん断変形大。直交異方性、 圧縮の塑性、引張の破断などは押さえておく。 横ねじれ座屈などの3次元の大変位(大回転)を伴う (不)安定挙動を追跡するには、「幾何学非線形」を 考慮した有限変位解析。梁要素の有限要素法で弾塑性 (「材料非線形」)を考慮する方法はファイバーモデル。 せん断変形は、剛性マトリクスにティモシェンコ梁の 剛性マトリクスを用いることで考慮。 そういった手法で、修論では梁の座屈解析を行って どういう結果が出たかということについては、 こないだの論文をよく読み直して、理解できない部分は 関連文献に当たっておくこと。 で、今後の課題としては、集成材の(直交異方性材料と みなした)材料定数がちゃんと調べられてないので、 それを実験で調べたいのが一つ(橋本の卒論日誌)。 で、実験から得られた材料定数を立体要素モデルの 梁にぶちこんで(麓の論文)、そこからせん断補正係数を 逆算してみるのが一つ。で、実験で得られた材料定数から 得られたせん断補正係数などなどで修正した梁モデルの 定式化のファイバーモデルの断面定数の積分を 二種類の材料定数を考慮しながら行うことで、 鋼板を挟んだハイブリット型の梁の解析にも拡張したい云々……

9/24

今日は願書の提出期限である。前日に、遅刻して願書提出できず路頭に迷う、という 悪夢にうなされたこともあり、徹夜して朝一に提出することにしていた(考えてみれば 院試の願書の締切日も徹夜したな〜)。フラフラしながら後藤研に付くと電気が消えている。 思わずムンクの叫び状態である。今日は朝一から後藤さんが来るものとばかり考えていたので、 修論の題名を記入していなかったのである。電話しても出てくれない。仕方ないので 学会に出した論文の名前をそのままつける。でも、配置が分からない。つまり、 修士論文要旨という言葉を既にセンタリングしているのに、題名もセンタリングしなけらば ならない。連続なら見た目にも構わないのだろうが、規定では上から、修士論文要旨、 所属、名前、希望教官、題名の順であり、 センタリング、ライティング×3、センタリングと何かかっこわるい。 規定といっても、手書きで描く場合の紙には既に上記のことが記載できるよう空欄になっていて、 それを真似ると上記の体裁になる訳で、ワープロ打ちの規定ではない。 後藤さんから言わせると(無論私も同感だが)こんな事どうでもいい話なんだけど、 妙に気にする人とかがいて、そんな人に限って力を持っていたりするから厄介だったりする。 どうしようもないのでいつものようにT師に相談に行く(といっても斜め向かいの部屋なのだが)。 しかし今日に限ってT師が捕まらず、しかも内の教官全てが席を外している。ひょっとして トイレにいないかな〜って感じで様子を見に行くと、Kj教授とばったり会う。Kj教授は 私が休学していたときの担当教官(担任)で、復学後も気軽に話ができた先生だった(最近はご無沙汰だったが)。元々、実験室 の関係で違う棟にいらっしゃる方だったので、滅多にお目にかかることはなかったのだが、 Drの願書提出日に会うなんてなんて奇遇なんだろうと思ったら、なんてことない。 Kj先生はDr試験の主任?かなんかで、提出の遅い私に催促しにきたという必然だった。 後藤さんが来るまで寝て待とうという考えがちらりと浮かんでいたが、そんな場合じゃなくなってしまった。 ちなみにKj先生に聞いても良かったのだが、催促された後に聞くのが何となしに気が引けた。 もうこうなると、t氏しかいない。t氏には日頃から良くして頂いているが、 長年の付き合いであるT師と比べるとやはり敷居はかなり高い(部屋に秘書さんもいるし…)。 でもKj先生の手前、早く提出しなければならず、意を決して相談に行く。 正直言って中でなされた会話はあまり覚えていない。無駄に緊張していったこともあるが、 何よりも眠かった。ただ、「こんなこと相談しに来るのは筋違いと認識していますが…」 という最初の文句と、t氏の「センタリングでいいと思いますよ」というのだけは 覚えているのだが、何か変なことしたり、言ったりしてなきゃいいんだけど…。

9/22

今日も後藤さんは不在である。このような場合、後藤さんの用事はできる範囲で 私に一任?されているが、この日の用事は私の権限の範疇を容易に越えていた ので、T師と密に連絡を取りながら仕事をこなす。これも結構大変だったが、 何より大変だったのが、研究計画書の突然の変更指示であった。すでに990文字強(1000文字以内)で 出来上がっていたものに、50文字分の内容を追加するように指示されたのだ。 しかもその追加分と前の部分が微妙にあってない。相談したくても後藤さんがいない。 無論こちらの方はT師、t氏に相談するのは筋違いである。金曜日に後藤さんが来る のを待つという選択肢もあったが、今回は例え失敗しても(失敗できないけど・・・) 自力でやらなければ、と覚悟を決める。とは言え、もともと完全に近い形のものを 、最後の一文に合わせて書き換えるのは時間的にもほぼ不可能。何度か文章を読んでいるうちに もともとの文章の最後の文と、追加分を強引にくっつけても、満足できる形では無いにしろ 何とか耐えられると判断。それを提出するとあっさりOKをだされる。ようやく、願書が 出せると喜んだのもつかの間、提出時間を過ぎていた。まあ、あさって後藤さんに 最終チェック入れてもらえるからいいか(そ〜いえば、修論の題名聞いてなかったな)。

9/21

今日は後藤さんがFDで不在である。でも学内でやってるわけだし、時間があれば ワードの写真付き文章をHTMLに変換する方法を習おうと思っていたのだが、夜八時までかかると聞いて 肩透かしを食った形である。仕方が無いので写真を一個ずつパワーポイントに貼り付け、 bmpで保存し、epcに変換するという作業を繰り返す。そしてそれらをTeXにくっつけたのだが、 妙に写真が小さい。あれこれとコマンドを変えてみてもうまくいかない。色々考えて いる内にふと、『パワーポイントでつくった画像って、キャプチャーした写真とは違って ひょっとして白地の部分も画像になってるのか?』と思う。そこで試しに一枚だけ、 写真を枠内ギリギリまで拡大し、前述のようにTeXに貼り付けるとビンゴであった。 こうやってみると、ワード内の写真をパワーポイントに貼って画像保存する方法はあまり有用ではないな〜。

9/18〜9/20ダイジェスト

SB作成において4年だけに負担がかからないように、明洋を祝日に呼び出す。前もって 二日間、色々と頭の中で設計図を描いていたのだが、実際作る時のことを考えると、なかなか良い ものが浮かんでこない。さらに明洋と二時間近くあれこれと話し合っても結論が出ない。 そのうち明洋が「なんで俺らがこんなことをしなくちゃ何ねーんだ?せめて 何かデータないのか」と言った言葉に、 「研究室なんてモンは、本来先輩から後輩へ永遠にデータとか引き継がれていくもんだけど、俺ら後藤研の 一期生なんだから、俺らがデータとかやり方とか一からやんなきゃしゃー無いだろ」 となだめているうちに、『そうだ。初めてなんだから失敗データだって今後必ず役に立つ!』 と割り切れる。そこで後藤さんが落書き程度に書いていった図案を元に試しに作って みる事にする。まずピアを作る作業から始めたのだが、実際に作業を始めてみると、 想像以上にスパが細い。ピンセットを使いながらシュミレートしてみたのだが、容易にねじれてしまう。 そこで以前廃棄処分になる前にもらっていたシラバスの表紙(かなり硬い)の余りを何回か折ってギザギザ の台を作り、そこにスパを固定して接着剤を塗り、上から斜面に沿って滑らせてくっつける という方法を試してみた。所詮紙だから容易にずれてしまうのだけど、二枚重ねて 作れば−二つ作って後で糊を付けるほうが良い−かなり使い勝手がよさそうだ。これで一つ マニュアルができた。次の難関はピアを太くすることである。方法としては格子状に 組む方法と、方形になるように組む方法の二通り案がでたが、断面を確保するために 格子状に組む方が良いという意見で合意。格子状といっても、スパを何本かずつ平面でくっつけ、 それを後でそれぞれの溝にはめてくっつけると格子状になる訳で、作る上でもこちらの方が やりやすい。これで二つ目のマニュアルができた。だが問題はこの太いピアにどうやって 他の部材をくっつけるかが問題である。4年の作った橋は一本の部材あたり多くて3本程度で、 その大部分が2本だけでできているため、外側にくっつけてもそんなに目立たないのだが、 我々が作った部材は、太さだけでもゆうに1cmをこえ、妙にリアルなため外側にくっつけると とてもかっこ悪く見える。そこで中につけたいのだが、方法としてはこれも二つ 考えられた。一つは部材を斜めに切って直接貼る方法と、ピアに穴を開け、その中に 部材を組み込む方法である。われわれは後者を選択したのだが、問題はどうやって穴を 開けるかである。その時明洋が、「アクリルの板は、穴あけ機の刃を手で直接持って くりくりすると穴開くよ、スパなら簡単に開くでしょ。それに一番小さい刃は、スパくらい の直径だった気がする」と言うので取りに行くと、なんとスパの直径と同じではないか。 そこで練習に、余分なところを切ったピアの残りに穴を開け、部材を差し込み接着。何かいい感じである。 だがせっかく作った部材に穴を開けた挙句、後藤さんに「何で穴なんかあけるの」 と言われるとショックなので、その試作品を後藤さんの机の上において、作業終了 とする。その後反省会も兼ねて、3年の創造工房の時間内でここまで作れるかどうか試算。 時間内に十分に我々以上にリアルなものも作れると判断した。頼まれもしないのに後藤さんの講義 予定に沿ってマニュアルを作るなんて、私らは院生の鏡だな、なんちゃって。 (やべー、T師からつっこまれるな、こりゃ)

9/17

9/16

昨日の時点では、後藤さんに誰の案を採用したのか言っていなかった。それが気になったのか、 後藤さんは私が来る前にパソコンを見ていたらしい。私が「巧くいきませんでした」 と言う前に、「こんなやり方じゃ、巧くいくわけ無いじゃない!」と言われてしまう。 下手な言い訳をしてもしょうがないので「何でですか?」と素直に聞くと、「jpgはheight も指定しなくちゃいけないんだよ、俺(僕だったかな?)のページに書いてるでしょ!」。 う〜ん。確かに書いてある。でも、TeXはほぼ自力で覚えてきたし、jpgをTeXで使った ことないし、と言いたいことは多々あるわけで。それが顔に出てたわけではないのだろうけど bmp、pngも含めた後藤研恒例の"突然ゼミ"が開催される。私にとっては為になる話だけど、 たまたま同席した明洋(たまたま天野に本を返しにきた)にとっては苦痛でしかなかった らしい。そんな中、天野(材料工学科所属後藤研準メンバー?)が本を取りに訪れ、 ここで一旦ゼミは終了した。それから私は自分の作業に入ったわけだが、その横でなぜか天野 が材料の試験勉強し始め、それをなぜか土木の明洋が面倒見ている。なんでも材料と土木の学際領域の問題とかで、 一緒になって本を調べ考え込んでいる。それに気付いた後藤さんが興味を示し、 なんと本日第二回目の突然ゼミが開催された。私は作業をしていたから知らんぷりしてたけど(笑)。 一日に自分のことじゃない事で二度ゼミを受けた明洋も笑えるけど、「やっぱ後藤さん 最高だわ、話面白いし、為になるわ〜」と感動していった天野にも笑えた。マジで来年 転科してきたら?

9/15

ワードの文書をTeXに変換するといった作業を、故あってここ数日こなしていたのだが、 ついに何ではっつけたのか分からない図が現れる。自己流でやっても良かったのだが、 何かあったときに責任が取れないので、後藤さん、T師、t氏に方法を伺う。 後藤さんのしつけ?が功を奏してきたのか、全員の言っていることが違うのにも かかわらず言っていることがそれぞれ分かる。その中からT師の案を取り入れ、 図を何かにくっつけ、jpgに変換することにした。私が初めて接したプログラムは HTMLで、そこで初めて使った写真はjpgで加工したから何気に思い入れがあるからだ。 図を全てjpgに変換し、\begin{figure}でくっつけてみるのだが、なぜか巧くいかない。 エラーメッセージは ?{width=4cm} といってくる。こっちが?な気分である。 \usepackage{graphicx}はちゃんと書いてるし・・・。明日後藤さんに聞くことにし、 退散することにした。

9/14

ドクター関連で私とkissさんが作業に追われる中、よりによってプリンターが壊れたのは 先週末。後藤さんのプリンターでしのいでいたが、限界なので、今日修理に出すこと にし、明洋を呼び出しキャノンに向かう。 これに、スパゲッティーブリッジ(以後SB)の作成が昨日本決まり(後藤さんがスパを買ってきた) したのを受けて、買出しも兼ねて後藤さんも同行。 キャノンでは何事も無かったが、買出しが大変であった。後藤さんは何事にも きっちり予定を立てて行動するタイプに見えて、少なくとも買い物に関しては 無計画だったりする。要は、初めから買うものを私らに指示してくれれば、 手分けして探したりできるのだが、何も言わず一人ですたこら行ってしまうのだ。 ただでさえ我々よりも10cm以上背が高いのに、早足ときてるもんだから用意においてかれてしまう。 ようやく追いついて何を探してるのか聞くと、SBを置く台と、パネル代わりになるやつ とのこと。二人でそれなりのものを探して奨めようとするのだが、姿が見えない。あちこち 探してようやく見つけると、今度は接着剤を探してと言われる。今後継続的に使うのだから かなりでかいやつが良いのではと明洋と論議してる間に、また姿を見失うといった 感じで、振り回されてしまう。仕方が無いので最初指示されたパネルだけを探し、 ようやくそれなりのものを見つけ、後藤さんを探していると、もうレジに並んでお金を 払っていた。それを見て我々が深いため息を吐いたのは言うまでも無い。

9/13

『今のレベルでここまで書ければ、まあいいでしょう。』これは決して褒め言葉ではないが、 今、後藤さんからもらえる最大限の賛辞であることには違いない。二日間の作業で、これ位は 言ってもらえるかな?なんて甘い期待を持って出頭(何かそんな気分)したのだが、やはり 待ち受けていたのは「全然ダメじゃない!ホント何にも分かってない!」というお言葉だった(苦笑)。 私が自分自身納得できる批判を受けるとしばし考え込むクセ(逆ギレしないように 自分でリミッターを意図してつけることも有るけど)を後藤さんが把握していることもあってか 、それ以上発展しなかったのだが、T師(今回からあえて氏ではなくしてみようかな)が来て状況は変化した。「調子はどうだい?」 しょっちゅう会っているのにわざわざこのようなことを言ってくるのは、長年の付き合いが なせるT師の勘か、それとも後藤さんが私が来る前にT師に愚痴っていたのか?どの道 隠す必要が無いので「二日徹夜して作業したものが、あっさりと却下されました。」 「だろう?」T師からは色々と日頃から助言頂いているのだが、最近のものに、「頑張っても 評価されず行き詰ることなんかいっぱいある。俺はDrの時にあと一行がかけずに 教官に泣きを入れたことがある。お前もそうなるよ」と伺っていたのだが、それを受けての 発言であろう。「全却下されたんだよな」という後藤さんの満面の笑みつきの一言 から、励ましか、からかっているのか微妙な言葉が二人の口から私の頭上に降り注ぐ。 「どうせ失敗するの分かっていたけど、わざとやらせたんだよ。教育の意味合いでね」 この言葉を聞き、明洋や天野が常日頃から言っている「後藤さんとT師のあたりが君にだけきついよね?」 という言葉が脳裏をかすめた。「明洋たちがこんな事言ってましたけど」。「そんなことないよね〜?」 「ね〜」お互いに女子高生チックな確認をとる二人。その姿にちょっとムッときた(笑)ので「でもHTMLは教わった にせよ、TeXだってなんだって自分一人で学んだんですよ!」と訴えると、 「そんなの当たり前じゃん、ね〜?」「ね〜」って、おい!”当たり前”の部分に ツッコミをいれずに仕草にツッコミを入れている(無論心の中で)自分も自分なのだが。 ただ二人の、傍から見れば厳しい対応も、私のおかれている状況・立場、向かっている道を考えれば 極当たり前のものである。いや、当たり前ではない。見捨てられた先には、 俗に言う”やさしさ”が待っているのだから。その点では、まだ見捨てられてないのだろう。 ただ(だから?)、3年後にもし後藤さんとT師が納得できる成果を上げたとしても、お二人は決して 褒めてはくれないだろうけど(笑)。

9/11, 9/12ダイジェスト

博士論文の申込期間が9/17〜24なのに、ガラにもなく9/17にきっちりだそうと思い、 研究計画書・修士学位論文要旨を13日までに書き上げることにしていた。けど、研究室 内の諸事情で9/22日に提出となってしまったので、はっきり言って気が抜けてしまった。 しかし、このままでは又テンションが下がり、いつ復活するか分からないので、当初の予定 通り、13日までに書き上げて後藤さんにチェックしてもらうことにし、研究室にこもって いたりする訳であるが、全くもって遅々として作業が進まない。イメージで言うと点と点 を線で繋ぐ(紡ぐの方が近いか)作業を行い、それを圧縮するという感じ。点が今まで後藤さん にそれとなく教わってきたことと、先の論文の内容、紡ぐ作業は理解すること。圧縮は 要約することってか感じか。二日間の作業では、1万文字を2500文字(2000文字にしなければならない)にするのがやっと。 どうしても500文字削れない。そこまでをとりあえずプリントして、後藤さんに添削して+ アドバイス下さいと書き置きしてギブアップ。

9/10

留学の無期限凍結を意を決して後藤さんに申しでるが、簡単に話が済んでしまう。 まあ、何というか、7月に留学について話し合ったときから、後藤さんはこうなるであろうと考えていたみたいで、 何を今更的な雰囲気だった。後藤さんはもともと留学に懐疑的だったからあっさり済んだが、 留学を応援してくれていたU先生に対してはそうもいかない。学業を優先(言い方はかっこいいけど 単に遅れを取り戻す事だったりする)とはいえ、一年近く前から予定していたものを、直前になって キャンセルするわけだから、お叱りを覚悟していた。しかしU先生も、「海外なんて いつでも行けるんだから、今は修士論文を大事にして下さい」と満面の笑みで言ってくださる。 これを同時に聞いていた後藤さんに「だから言ったでしょ?」と爆笑?される。 そう言えば、後藤さんは、U先生はこう言うだろうと予測してたっけ。 私の留学は、お二人にとってどうでもいい話だったのか?それとも中途半端に 研究を残して海外に行かれるという心配事がなくなるから、怒るはずがないと読んだのか? どちらにせよ、方向性は決まった。オンブ・ダッコ論文の精算あるのみ!

9/9

昨日進路担当のO教授から、博士課程受験に対して激励+動きが鈍いとはっぱ を掛けられたから、という訳ではないけど、今日から研究計画書・修士学位論文 要旨に手をつけることにした。とはいっても、オンブダッコ論文という一番の参考資料 があるから、(情けないが)書くこと自体は楽と言ってもいい。話は変わるが、当初私は 10月から留学するつもりだった。理由はただ単に語学留学である。この点は各方面から 散々疑問の声が上がっていたが、敢えて無視してきた。OLさんが語学留学すると わりかし世間の目は優しいが(単なる語学留学なのに、〜年間〜に留学していた才女なんて良く聞くゾ)、 修士が語学留学に行くのはおかしいと言う論法は甘受できなかったのである。 それに研究で留学するにせよ、現地の人と途切れなく話せる事がまず大事であることは 秋田大の留学生を見ていて痛切に感じてきたことである。というより、日本に来るんなら、 ちゃんと日本語喋れるようになってから来いよ、と私自身何度もいらついてきた経験が 語学留学を正当化してきたのである。話を元に戻すと、10月に留学という事が 時間を制限し、オンブダッコ論文と言う結果を招いた(無論、私の怠惰が最大の 理由であったとしても)一因であった訳で、このまま留学すれば、D1がM3と化すのは 必至である。打開策は小学生でも分かるし、もともと留学に懐疑的だった後藤さんは 何も言わないだろうけど・・・。

9/8

”後藤さんにオンブにダッコ論文”を今日学会に郵送した。恥ずかしさとか情けなさといった負の感情しかわいてこない。 何やってんだ、俺。晩飯に兄弟分のマサヤを呼びひとしきり愚痴をこぼす。けどすでに 社会人であるマサヤの方がずっと大変な訳で、自分の愚鈍さが引き起こした今回の結果 はまさに自業自得であることを逆に思い知らされる。八時に学校に戻り、後藤さんの手伝いを始めるが、このような ことを後藤さんが自分に望んで面倒を見てくれているのではないことは分かっている。 けど今はこれしかできない自分を噛締めるしかない。

8/30〜9/3 ダイジェスト

d関係メモ

d,k,s関係メモ

http://g2.ce.akita-u.ac.jp/okiba/neta.tex なんで集成材にFEMを使うのかというネタ。

s関係のメモ

後藤メモ04/8/5:某所に投稿するかも知れないやつの書き出しを、 http://g2.ce.akita-u.ac.jp/okiba/simp04.tex いちおう、ここにおいて置くので(学外からはアクセスできません)、 適宜ダウンロードして確認してて下さい(最終更新は04/8/18)。 simp04.tex に読み込む応力の図の草案が、 http://g2.ce.akita-u.ac.jp/okiba/ouryoku.tex 要素の図の草案が、 http://g2.ce.akita-u.ac.jp/okiba/youso.qfg 参考にして下さい。 qfigのarcは破線にならないかも知れないので、 陰線は細い実線でもいいかも。

パソコン関係のメモ